三菱商事、ソデックス、ローソン、サントリー……。私は社会人になってからこれまで、商社、外食、小売り、製造業と、さまざまな場所で仕事をしてきました。私がそこで何を考え、なぜ挑戦し続けることができたのか。現在までのキャリアの中から、本当に役立つエッセンスをこれからお話ししたいと思います。
◆ ◆ ◆
営業力とは一口に言えば、人間性
これからビジネスパーソンが生き残るために何が必要なのか。そう問われると、英語やアカウンティング、プログラミングを挙げる人が多いようですが、私はそうは思いません。今本当に求められているものは、営業力とマネジメント力だと考えています。
営業力とは一口に言えば、人間性です。こだわって、こだわって最後の最後まで粘り強くやるかどうかという力です。その粘り強さに加えて、当然ながら、営業力を発揮するには、営業マンとして、いい商品を持っていなければなりません。
むろん、いい商品でも売れないことはあります。しかし、まず売るためにはお店の棚に置いていただく必要があります。ネットの世界でも、リアルな世界でも、棚に置いていだだかないと、何事も始まらないのです。
棚に置いていただくための努力は、絶対に必要なことです。それは既存の商品をはずして、その棚に自分たちの商品を置いていただくことでもあります。自分たちの商品が、お客様にとって、どれだけ意味があるのか。取引先にご理解いただくというのは並大抵のことではありません。そこには商品に対するパッションも必要です。情熱をもって売りたい商品があること自体、営業マンにとっては幸せなことだとも言えるでしょう。
守勢だけでは営業力もダメになってしまう
だからこそ、企業理念の中には、本当に良い商品をつくるというものがないといけないのです。それがなければ、営業力だけで会社を支えることはできません。しかも営業は、売り場を確保できたからといって、それを守ることだけに注力していてもいけない。もしお客様に支持されている商品だとしても、「もっと改善の余地はないのか」「売り方をもっと工夫できないか」といった現状に甘んじない姿勢を持たなければ、ビジネスは継続しません。守勢だけでは営業力もダメになってしまうのです。
会社にとって、商品と営業はクルマの両輪です。「売れないのは営業力がないからだ」「いや、いいものをつくらないからだ」。こうした言い分は歴史的にずっと繰り返されてきました。しかし、一番大事なことは、こうした問題を解決していくのが経営の役目だということです。
営業力をつけるというのは、単純な話ではないのです。経営側が良い商品を、きちんとつくり続けるという理念があって始めて、営業力をつけられる。つくるほうも「ちゃんといいものをつくったら売ってくれるんだ」と信じることが必要なのです。
今の営業マンは物足りない
私のビジネス人生の中で、すごいと思った営業マンが一人だけいます。その人は痒いところに全部手が届くうえ、レスポンスが非常に速い。私が「無理を言っているんだよな」と思っていても、弱音を吐かず、黙々と真摯に対応してくれる。決してノーと言わない。とにかくしっかり汗をかいてくれる人でした。このように営業マンで一番大事なことはお客様から信頼を得ることだと言えるでしょう。
ただ、皆さんからすれば、それは誰もが思い描くような営業マンの基本なのかもしれません。しかし、今の若い営業マンの皆さんは、こちらが物足りないと思うくらい、とてもあっさりとしています。とりわけ、この20年近くのデフレ経済の状況の中で、なんとなくあきらめムードが漂っていて、あきらめずに何でもやってくれる人というのは、少なくなったような気がしています。
頼むほうも「しょうがないよな」と思うところがあって、「まあ、いいか」となってしまうこともあります。「こんな世知辛い世の中だから、しょうがないよな」と思うときもないわけではありません。でも、そうした状況から逃げることなく、何事も挫けずにやるという人は本当に少なくなったように見えるのです。
だからこそ、これからは営業マンの基本に戻る。お客様の信頼を勝ち取ることに注力すべきなのです。
聞き手:國貞 文隆(ジャーナリスト)
新浪 剛史 サントリーホールディングス株式会社代表取締役社長
1959年横浜市生まれ。81年三菱商事入社。91年ハーバード大学経営大学院修了(MBA取得)。95年ソデックスコーポレーション(現LEOC)代表取締役。2000年ローソンプロジェクト統括室長兼外食事業室長。02年ローソン代表取締役社長。14年よりサントリーホールディングス株式会社代表取締役社長。