安楽椅子探偵ならぬ、安楽椅子小説家
――受賞作『月の満ち欠け』には東京駅や高田馬場、青森県の八戸などが出てきます。各地の緻密な描写は、どのような取材に基づいているのでしょうか。
それはもう、編集者の手柄ですね。資料を集めてもらって、それをもとに書いています。例えば、舞台となる東京ステーションホテルのカフェは、編集者が何度も行って、様子を教えてくれました。
――初期の頃は、取材で上京されたりもしていたんですね。
そういえば、昔はそういうこともしていましたね。いつからしなくなったのか覚えていないのですが……。ただ、それで不自由を感じたことは一度もないですね。安楽椅子探偵ならぬ、安楽椅子小説家。
作家になってから、東京に出ようと考えたことも一度もありません。かといって、なにか意地を張って地元で書き続けているわけでもない。自分にとって一番自然な方法をとっているというだけなんです。
僕は同時にいくつもの小説を書き進めるような器用なことはできないので、『月の満ち欠け』も、編集者から依頼をもらってから約束が果たせるまでに18年かかりました。そんなマイペースな作家を理解して待ってくれて、佐世保まで会いに来てくれる編集者がいるというのは、ありがたいなと思っています。
書けるうちは続けていく。それだけです
――『月の満ち欠け』は、ナボコフの『ロリータ』を裏返した、少女が中年の男を追いかけるような関係を書けないか、というところから構想ができていったそうですね。
ええ。そのアイディアに肉付けしていくうちに、枝分かれするように新しいアイディアも生まれてくる。じゃあこんな人物も出てくるんじゃないか、そうしたらこういう状況が起こるんじゃないか。そんな風に考えていきました。
僕の執筆の基本は、「こういうことが起こったらおもしろいんじゃないか」ということにあるんです。あとはそれを、小説の中でいかにリアルに感じてもらえるように書くか、ということです。
――執筆の時間帯は決めているのですか? 一日の過ごし方を教えてください。
午前10時過ぎから午後1時まで書いて、その後は仕事はしません。それだけ仕事をすると、疲れきって、本当に動けなくなってしまうんです。
夕方まで休んでから、散歩がてら、スマホで「ポケモンGO」をしています。でも、この季節になると、それも暑くて大変で……。
――長年連載されているエッセイ「小説家の四季」で、毎年、夏の昼食はソーメンばかり食べている、と書かれていますね。今年もやはりソーメンですか?
そうです。昨日も、いつもと同じことをやろうと、自分でソーメンを茹でて、それを食べてから出てきました。
――今後も、これまでと同じマイペースを維持していく、ということでしょうか。
そうですね。60歳過ぎているので、変わりようもないです。何歳まで小説を書けるのかわからないけれど、書けるうちは続けていく。それだけです。