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死刑求刑事件は、裁判官だけで審理すべき?

 裁判員制度は昨年5月に丸10年を迎え、報道のトーンはいずれも「おおむね順調な運用がなされている」との評価だ。しかし、上記2件の「無期落とし」判決はその後に出され、再び議論が起こりそうだ。

 一般市民から選ばれる裁判員は、日常生活を犠牲にして裁判員裁判に臨み、専門性の高い難しい判断も迫られるのに、審理日数が多い重大事件ほど高裁で覆される。ある裁判官は「死刑判断だけは、裁判員制度の趣旨である『市民感覚の反映』をしてもなお、慎重な判断が必要だ」と話す。つまり、死刑判決だけは、裁判員による判断でも破棄することは十分にあり得るということだ。であれば、死刑求刑が想定される事件は、裁判官だけで審理すればいいのではないかとの見解もあるだろう。

法務省旧本館の赤れんが庁舎(東京・霞が関) ©時事通信社

 一方で、裁判員裁判は、故意に人を死亡させた事件に適用される罪(殺人や傷害致死、危険運転致死など)以外に、最高刑が死刑か無期の罪にも適用される。このため、通貨偽造なども裁判員対象事件となるが、果たして「市民感覚の反映」が必要といえるのか、やや疑問が残る。芸能人が裁かれることもままあり、社会的な注目度が高い薬物使用事件や悪質な逃亡事案も起こる痴漢事件は裁判員対象事件ではないが、市民感覚が反映できそうにも思える。

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 昨年5月に制度開始から丸10年の節目を迎えたばかりとあって、マスメディアの裁判員裁判に対する注目度は下がるだろう。しかし、折に触れて制度の是非について議論を進めていく必要がある。