現実となった“夢物語”の舞台裏

 全員で走り出した。それは長いプロ野球の歴史を紐解いても、今まで見たことがないような光景だった。普段は、しのぎを削り合うパ・リーグの選手たち全員が笑顔でライトゾーンまで駆け寄ると肩を組み合った。7月15日、ZOZOマリンスタジアムで行われたオールスター第2戦。出場したパ・リーグの全選手がマリーンズ勝利の名物「WE ARE」をコール。選手たちとファンによる「WE ARE パ・リーグ」が、真夏の夜空にこだました。その場にいた人にとって忘れることのできない風景がそこには広がっていた。

『WE ARE パ・リーグ』がこだました瞬間 ©梶原紀章

「昨日、友達からメールがありました。『今日、WE AREをするの?』って。みんな期待していますよねえ。やりたいですねえ……」

 試合前の事。ZOZOマリンスタジアム入りし、ロッカールームに到着した鈴木大地内野手がボソッとつぶやいた。それは私も思っていたことで、今、まさに相談をしようとしていたことだった。前日、マリーンズのSNSなどに書かれていたファンの方々のコメントなどを読んでいると期待の声に溢れていた。

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「WE ARE」。それは本拠地でマリーンズが勝利した際、鈴木大地を中心に選手たちが自発的に外野スタンド付近まで駆け出し、拡声器で「WE ARE」と3回、ファンと一緒にコール。続いて「千葉ロッテ」とジャンプをしながら連呼するという儀式。スタンドとグラウンドの選手が一体となるこの瞬間は昨年から始まり、マリーンズファンの間で広く定着している。その本拠地名物をオールスターが開催される今こそ披露すべきではないか。頭の中でずっとそのことが駆け巡っていた。

 しかし、果たして他球団のスター選手たちが、マリーンズが勝利した際に行う名物を快く思ってくれるものだろうか? 自分の頭の中で何度も考えを巡らせたが、出てくる結論はやはり楽観的なものではなく、否定的なものだった。キャプテンである鈴木大地もやはり同じように考え、そして悩んでいた。お互いがモヤモヤした状態で朝を迎え、そして会うやいなや話を切り出された時、私はダメ元でアタックをする必要があると確信した。

盛り上がるパ・リーグベンチ あとは勝利のみ……

 案ずるより産むがやすし。いや、渡りに舟だろうか。決意を固め、グラウンドを二人で歩いていると視線の先にストレッチをするホークスの選手たちの姿が見えた。こちらから話しかけるまでもなく、内川聖一内野手の方から私が手にしていたYouTube動画撮影用のカメラを目にして、話しかけてくれたのだ。

「あ、いつもYouTubeで見ていますよ。広報さんが撮影している動画。キャンプや開幕前のミーティングとか。いろいろありますよね。『WE ARE』も知っています」

 世の中、こんなに思惑通りに事が進んでしまって良いものだろうか? ホークスの選手たちが、私が撮影しYouTube上にアップしている動画を見てくれていて、しかも私が「WE ARE」を至近距離から撮影している動画も見たことがあるという。このなんとも話を切り出しやすい状況は、もはや野球の神様が作り上げてくれたプレゼントにしか思えなかった。あとは提案をするだけ。勢いのまま、切り出した。「いいですね! やりましょう。『WE ARE』みんなで! なあ、おまえらもやるよな?」。そう言って内川選手は周りにいた様々な球団の若手選手にも呼び掛けてくれた。一緒にいたホークスのお祭り男・松田宣浩内野手も率先して話をさらに盛り上げてくれた

「じゃあ、とりあえず今、リハーサルをしますか! こんな感じですか?」。ホークスの選手とマリーンズ選手による即席の練習が始まると他球団の選手も興味津々。「なに? なに?」と集まりだした。ああ、これは出来る。夢物語が徐々に現実に変わりつつあることを感じた。そして鈴木大地と目があった。ニコリとほほ笑み合った。その後はオールスター運営関係各所に状況を説明し、理解をいただき、あとは勝つだけの状態が作り上げられていった。

「みんなあんなに前向きに賛同してくれて嬉しいです。絶対に勝ちたいですね。『WE ARE』したいですね。ファンの皆さんがどんな反応をするか見てみたい。絶対に盛り上がりますよ」

 鈴木大地は試合前から興奮していた。そして、その気持ちを込めて第3打席でライトスタンドに本塁打を放った。それはマリーンズの選手が本拠地ZOZOマリンスタジアムで行われたオールスターで初めて放ったメモリアルな一発でもあった。貴重な追加点もあり、パ・リーグは試合に3-1で勝利した。