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 しかるに、今回の事件は、防衛省内の一部の勢力によるリークが意図的であれ結果的であれ安倍首相の政権を不安定化させ、防衛大臣・陸幕長・事務次官をクビにしてしまった。ベースビッチのいう政策決定への影響を超えている。まさしく国民への説明を口実にした「クーデターまがい」と言うべき直接攻撃である。

 そして、最後に指摘しなければならないのは、そもそも、このような前例ができてしまったことの重大性だ。2・26事件や満州事変による軍部の暴走がもたらした帰結を考えればわかるだろう。

イギリスでは10年間非公開

 第3は、今後、日本がPKO活動はおろか、有事の際にまともな戦争ができなくなる可能性があるということである。この点は多くの自衛隊幹部・内局部員が共通して懸念している。今回、メディアと野党は、初めて「日報」という存在に気が付いた。しかも、大臣と政権のクビを取れる文書としてである。今後の海外派遣に際しては日報、重要影響事態や武力攻撃事態等の日本有事に際しては戦闘詳報・要報(個別の戦闘に関する報告)の公開を求めてくるだろうし、今回公開してしまったからには出さざるを得なくなるだろう。重要な事態が起こればなおさらである。

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 しかし、英国では同様の文書が10年間非公開になっているように、現在進行形の作戦を公開すること自体が国際的な感覚にそぐわず、諸外国からの不信を買う。なぜならば、日報には、部隊がどこにいるか、補給物資や弾がどれくらいあるか、といった部隊の安全に関わる情報が満載されているからである。現地の武装勢力にとっては、日本やその協力国の軍隊を襲撃する参考情報にもなり、諸外国の軍隊の安全や世論にも影響を与えかねないのである。特に戦闘詳報・要報はより深刻だ。公開されれば日本と戦争中の相手はこれに付け込むだろうし、米軍が激しい不信を我が国に抱くのは間違いない。

 この結果、何が起きるかは明白である。まず、今回のことがトラウマになり海外派遣に二の足を踏むようになる。これだけの騒ぎを経験しても自衛隊を送り込みたい物好きな政権はないだろう。次に、日報なり戦闘詳報には何も書かなくなってしまう。

 どれも深刻だ。前者は、日本が国際的責任を果たせなくなる。後者は日本の責任が問われる事態になった際に、それを証明する公的文書が存在しないことになる。また、将来や現在の自衛官たちが貴重な戦訓を得られなくなるからである。

自衛隊の活動への影響は? ©文藝春秋

 これらの懸案を回避するには、新大臣による奮起が求められる。まずは省内の綱紀粛正と人心掌握の再確立だ。内局と陸・海・空の各幕僚監部の関係も見直す必要がある。稲田氏は、辞任会見で今後「日報」を10年間保存すると述べたが、その公開ルールについて精緻に議論し、即時公開といった運用を避けること。何も情報を隠蔽しろというわけではなく、世界標準に合わせるべきであるという主張だ。今回の安倍首相や稲田前大臣に政治的ダメージを与えようとしたリークの犯人を特定し厳罰を処し後世への警告とすること。そして、何よりもあるべき文民統制の姿を議論し、コンセンサスを作っていくことが肝要であろう。

 稲田前大臣の資質は、秋になれば過去の話である。しかし、防衛省・自衛隊、そして海外派遣は、この国が続く限り、付き合っていかねばならぬ問題である。どうか、これで一件落着として、今回のリークの責任や今後の文書公開のあり方がウヤムヤにならぬように願いたい。