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幹部たちが一般市民との接触を極力避けている

 それでも、特に平壌市民はマスクを着用しなければならない。最高指導者の健康に影響を与える可能性があるからだ。

 朝鮮中央通信は2月16日、金正恩朝鮮労働党委員長が金総書記の遺体が安置された錦繡山太陽宮殿を参拝したと伝えた。正恩氏の動静が確認されたのは、1月25日以来、22日ぶりのことだ。ただ、同行した側近の数は20人足らずで、例年よりも大幅に減っていた。また、上述したように、市民たちが金総書記の銅像などに献花する行事は行われたものの、市民と党高級幹部らが同席する記念報告大会などの開催は伝えられていない。2月8日の朝鮮人民軍創建記念日には、予定されていた閲兵式もなかった。

 これらは、金正恩氏本人はもちろん、正恩氏と日常的に面会する可能性がある幹部たちが一般市民との接触を極力避けていることを示している。新型コロナウイルス問題が発生して以降、平壌市への出入りはより厳重になっているという。平壌市民のマスク着用と合わせ、正恩氏が住む平壌での感染拡大を絶対に許さないという決意の表れだが、仮に市民の間で感染が始まっても、最高指導者だけは守り抜くという意味でもある。

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最高指導者の健康に影響を与える可能性がある人間は、特にマスク着用が求められる (朝鮮中央通信より)

「ファクス以外の手段で文書を送って来てはならない」

 北朝鮮では従来、最高指導者が現地指導に赴く場合、あらかじめ最高指導者と接触する機会がある人々は両手を入念に消毒することを求められてきた。また、1988年春にはこんな事件も起きた。当時、平壌では感染性結膜炎が流行っており、北朝鮮外務省の課長1人も感染した。

 この事態について、当時の姜錫柱第1外務次官が金正日総書記に報告した。金総書記の指示は「火急の用件でない限り、課長の病気が完治するまで、ファクス以外の手段で文書を送って来てはならない」というものだった。外務省の関係者が触れた文書から、結膜炎が移るかもしれないと恐れたからだという。

 この調子では、金正恩氏は当面、現地指導には赴けないだろう。むろん、弾道ミサイルの発射実験への立ち会いも避けざるをえない。北朝鮮は統制国家だが、中国と異なって監視カメラがあちこちに完備されているわけではない。防疫体制が不十分で誰が感染したのかもほとんど把握できないし、感染者が発生しても正確な移動経路や誰と接触したのかもわからないからだ。

 新型コロナウイルス問題は、北朝鮮にとって重大な国難と言えそうだ。

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牧野 愛博

文藝春秋

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