2月初めに訪れたソウルは、新型コロナウイルスの話題で持ちきりだった。1時間のニュースがあれば、30分はコロナ、15分が文在寅政権の動静及び総選挙、15分がその他のニュースといった具合だった。
「今は握手の代わりに、こうするのがマナーなんだぜ」
ウェブには「新型コロナウイルス・リアルタイム状況版」というサイトが登場した。ここには、各国別の感染者、死亡者、完治者、感染が疑われている患者、検査を受けている人、陰性判定を受けた人の数がそれぞれ表示されている。1週間で60人以上の人と会ったが、例外なく、最初の話題はコロナだった。2月6日に昼食を摂った元外交官は、会うなり、私の肘の先を握った。「今は握手の代わりに、こうするのがマナーなんだぜ」と言って、にやりと笑った。
そして驚いたのが、道行く人の8割以上がマスク姿だったことだ。韓国も2月9日午後時点で27人の感染者が出ているが、死者が出ているわけではない。だが、マスク着用率は震源地の中国とほとんど変わらないような勢いだ。通行人だけではなく、ホテル従業員、タクシー運転手などもみなマスクを着用していた。
2月7日午後、私は光化門のホテルで、70代の法律事務所顧問と面会した。彼も当然、黒いマスクを着けて登場した。顧問は、マスクをつけていない私を見ると、にやにやしながらこう言った。「いやいや、私がマスクをつけていないと、他の人が変な目で見るんだよ」。マスクを着用していない人は変人扱いされるらしい。
つい最近までヒゲが話題だったが……
韓国ではつい最近まで、ハリー・ハリス駐韓米国大使の口ひげが話題になっていた。「日本統治時代の朝鮮総督の姿を思い出させる」とまで言われ、ハリス大使は散々たたかれた。私は別の日に、韓国政府高官と会食した。この高官は「1970年代くらいまではヒゲを生やした外交官もいたんだけどね。今はヒゲを生やしていると変な奴だと思われるんだよ」と話してくれた。どうやら、新型コロナウイルスはマスクを“ヒゲなみ”の存在にしてしまったようだ。
もちろん、韓国が新型コロナウイルスに日本人以上の恐怖心を抱いているのは間違いない事実だ。面会した知人たちが口をそろえたのが、2015年5月の発生確認から同年12月の終息宣言までに感染者186人、死者38人を出した中東呼吸器症候群(MERS)の惨事だ。MERSの流行では、韓国内の大規模病院で院内感染が起きたことや、それに対して韓国政府が十分な対応を取れなかったことが被害を広げた。韓国の人々は「自分の身は自分で守るしかないと考えているのだ」と、知人たちは口をそろえた。
実際、どんな事が起きているのか。40代の知人が勤める新聞社は、「海外出張した社員は14日間自宅作業」が義務づけられた。この知人は3月にIT企業の取材でスペイン出張を予定していたが取りやめた。知人は「中国人が多数参加する催しだったからですよ」と教えてくれた。