現在放送中の大河ドラマ『豊臣兄弟!』。3月15日の放送回では、近江の六角氏に立ち向かう信長軍の姿が描かれる。
六角義賢の居城・観音寺城は、全山を石垣が埋め尽くす、お城ファン垂涎の史跡のひとつだという。標高432mの山中に広がる城跡を、古城探訪家の今泉慎一氏が訪ねた。
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家柄もよく実力派だった六角家
六角義賢、またの名を六角承禎。元々は京都にルーツを持つ近江国(現・滋賀県)の戦国大名だ。
織田信長の妹が嫁いだ浅井家も一時は義賢に臣従していたし、京を追われたのちの15代将軍・足利義昭も、しばらくは義賢のもとに身を寄せている。つまり、信長が上洛する以前の畿内では、三好長慶と双璧をなす実力派だった。
にもかかわらず、歴史好きの間では「信長のかませ犬」イメージが強い。おそらくその原因は、上洛のため近江へ侵攻してきた信長の前に、戦わずして逃亡してしまったからだ。
1568(永禄11)年、一時は居城・観音寺城に籠城して徹底抗戦の構えだったが、結局、城を放棄し甲賀(滋賀県南部)へと落ちのびてしまう。大河ドラマ『豊臣兄弟!』でも、ほとんど描かれず一蹴されてしまうのでは……。
だが、この観音寺城が戦国でも稀に見るほど広大かつ凝った造りの城なのだ。特に城域の広大さは、後に信長がすぐそばに築いた安土城を遥かに凌駕する。「全山すなわち城なり」といっても過言ではない観音寺城を、「もし、義賢が城を捨てていなかったら?」という視点で訪ねてみたい。
のっけから山城の洗礼を浴びる
縄張図を見ると、標高433mの繖山の山頂から中腹にかけて、おびただしい数の曲輪が設けられている。麓から城域の中心部までの比高は300m強。
登山ルートは複数あるが、今回はかつての大手道とされる南の近江八幡市側から。安土林道(600円)を車で登り、終点の駐車場からは徒歩。
麓からでなくとも、多少は自分の足で登った方が城を攻めている実感もわく。観音正寺への参道は石段もあるし、わけないはずだ。
……と思いきや甘かった。幾度も折れる急な石段を登ること400段、時間にして15分。のっけから激しいことこの上ない。



