今にも崩れそうな“隠し扉”
大石垣は観音寺城の西尾根の城端。その脇、谷間の方へ延びる細道がある。少し進むと、その先にも石垣が見えてくる。
しかし、山城とは思えないほどの石垣の多さ。城内には、発掘で確認できているものの、草に埋もれて見えなくなってしまった石垣も多数あるという。
伝木村丸の石垣には、他にない特徴がある。埋門が隠されているのだ。
城内の隠し扉といえる埋門。長年の堆積物にも埋もれつつも、石垣の崩壊にも耐え、なんとかその姿を保っていた。
いよいよ城の中枢へと侵入
伝木村丸から引き返し、いよいよ伝本丸へと向かう。同じ道でも向きが変わると違って見えるから不思議だ。
坂道を登り切ったところで伝平井丸にぶつかる。ちょうど丁字路になっており、真正面から迎撃が可能になっていることがよくわかる。
右に折れ5分も歩けば、先ほど見た大石段に至る。
よくみるとこの石段、一直線ではなくゆるくS字を描いている。これも防衛のためなのか、単なる偶然か。駆け上がると広大な平地がひらけた。
広さは十分だが、山頂付近でもないし、城全体としてもやや西に寄った位置にある。この曲輪が本当に「本丸」であったかはやや疑わしいという説もあるそうだ。
土塁と石垣のハイブリッド構造物が西面と南面に。西面の北端に虎口がある。
敵を真っすぐ侵入させないようにした、小さいながらも見事な食い違い虎口だが、六角時代ではなく後世の改修説もあるという。ただしこの位置に虎口があったことは間違いないだろう。理由はその外側にあった。





