日本でここにしかないナゾ石垣
距離にして約100m、比高50mばかりの急斜面を、木の枝に掴まりながらそろりそろりと下る。すると、妙に平らになった空間があった。先端は断崖のようになっている。
迂回してその下へ歩を進めて見ると、見事に整形された石垣。だが、よく見れば2段重ねで、上段と下段で斜めにズレている。しかも奇妙なことに、手前側の頂点は揃っているのに、奥側にゆくに連れてズレ幅が広がっているのだ。
実はこの石垣の写真、かつて観音寺城の発掘調査にも関わった研究者のNさんの案内で、後日訪れたときのもの。「発掘で各地の城を訪れているが、ここでしか見たことがないし、聞いたこともない」という。
もちろん、高さを稼ぐために段々になった石垣は全国各地にある。だがその場合、厳密に均等でなくとも、階段のように両端まで幅をもって段々になっている。片側だけピタッと揃ったこんな形状の石垣は、1000近くの城を訪れたことのある筆者も、見たことがない。
この「ズレている石垣」への斜面、縄張図には点線も描かれ、段曲輪らしきものもある。あるいは実はこちらにも麓からの登城路があり、城端を守るための施設が置かれていたのかもしれない。
Nさんも研究者としては、その根拠を探る必要があるのだが、いくら考えてもよくわからないままだとか。日本でここだけにしかない石垣、見に行きたい方はくれぐれも慎重に。
新幹線からも見える大石垣
さて、伝平井丸まで登り返し、南へと伸びる尾根上の伝池田丸へ。伝平井丸同様、やはり石垣で固めてある。
西側が特に念入りで、急斜面の上部に石垣という全体構造も同じ。このスタイルが観音寺城流、ということなのだろう。
ここから先は急坂。そろりそろりと下り、分岐を経て尾根先へと回り込むと、一気に視界がひらけた。
むかって右側に見えるのが、柴田勝家が六角攻めの拠点とした長光寺城。瓶を割って活を入れたエピソードから、瓶割山城の異名を持つ。攻める城と攻められる城、睨み合いの距離感が実感できるのは、戦場になったことのある城に足を運ぶ醍醐味だ。
立っているのは大石垣の上。一体どれほどの大石垣なのか、脇道を少し下ってみる。
城内一の落差、間違いなし。ちなみにこの大石垣、東海道新幹線からも眺められる。下りなら、米原を過ぎたら右手の車窓に要注目だ。



