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「ライバル」という言葉が出なかったので……

「通常、昇太師匠の口上は『また、ひとりライバルが増えました』ということが多いんです。でも、それはライバルとは思っていない後輩に限ってそういうことを言うんです(笑)。今日はライバルという言葉が出なかったので、ちょっと意識していただいてるのかな、と思いました。それは私にとって誉れというか、人気の上では競っているという意識を持っていただけてるのかなと」

 

 祝祭感に満ちている空間に、ひとりだけ冷静な人がいる。それが当の神田伯山本人であることが印象深かった。それだけ落ちついていられるのは、「二ツ目時代」に培った自信がそうさせているようだ。

「真打になり、伯山という名跡を継がせていただいたのは大きな、大きな一歩であることは間違いないですが、真打になってスタンスを変えるということはないです。正直、二ツ目でいろいろな経験を積んできましたし、『それだけのことはやってきた』という自信はあります」

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大初日前日、松之丞が考えていたこと

 10日に行われた最後の独演会と、大初日の両方を見て、とても興味深いことがあった。

 芝居噺である「中村仲蔵」が2日連続でかかったのだ。

 大初日前日の松之丞は、こんなプランを持っていた。

「伯山になっての大初日は『中村仲蔵』をかけようと思ってるんですが、今日とは違う仲蔵のパターンを作りたいな、と思ってるんです。松之丞としての仲蔵は完成したので、伯山での仲蔵の第一歩を踏み出したい。振り返れば、もう4、5年このパターンの仲蔵をやってきました。口慣れちゃって、自分自身、よくも飽きずにやってこられたなという(笑)。

 変化は1か所か、2か所でいいんですよ。そうすれば、早朝から並んでくださる常連の方々にも『ああ、伯山の時代が始まった』と思っていただける。それをしないと松之丞時代のままになっちゃう。具体的には仲蔵の女房を出そうかどうか迷ってます。もちろん、改悪になる可能性もあります」

 

 演芸界で、当代一の「中村仲蔵」を聞かせるのが立川志の輔である。志の輔の仲蔵の場合、内助の功がひとつの聞かせどころになっている。

 松之丞の仲蔵にはおかみさんは登場しない。松之丞は、その理由をこう話してくれたことがある。

「芸って、演者、役者がひとりで向き合うもので、そこに、嫁さんが出てきたりするのは、僕は好きではないんです」

 それは松之丞の芸に対する姿勢にもつながっているように思え、観客も仲蔵に松之丞の姿を投影した。

 伯山になって女房を登場させたら、それは大きな変化になる。