演芸界における「革新」
高座には、ラジオやテレビの毒舌キャラとは違う神田伯山がいる。
クリエイティブで、怖くなるほど冷静。
末廣亭では札止めのにぎわいが続き、2月10日にローンチした「神田伯山ティービィー」も驚くべきクオリティを誇る。
これまでメディアでしか松之丞を知らなかった人たちにとって、古典芸能の世界で生きる伯山の姿は驚きのようだし、楽屋裏で展開されている人間模様はまことに興味深い。
特に、伯山の師匠である神田松鯉の穏やかさ、優しさは「神様」のようだ。
伯山ティービィーを見て、寄席に足を運ぼうとする人は確実に増えるだろう。これは伯山だけでなく、彼が所属する落語芸術協会にとっても大きな武器となりそうだ。
これは、演芸界における「革新」だろう。
2月16日に放送された伯山をフィーチャーした『情熱大陸』がオーソドックスなドキュメンタリーの作りで、保守的にさえ見えるほどである。 もっとも、連続物に挑む苦悩を熱心に取り上げていたのは、長期にわたる密着期間のなせる、『情熱大陸』ならではであった。
これからも、祭りは続く。
しかし、周りがにぎやかになればなるほど、伯山だけは物事を淡々と観察しているように見える。
神輿に乗り、乗せられながら、ひとり何が起きているのかを冷静に把握している。
動きのある神田伯山の時代の始まり
襲名披露パーティからの1週間が経ち、私は松之丞と伯山をいい間違えをしなくなった。
これは驚くべきことで、歌舞伎役者の場合、名跡が落ちつくまで時間がかかる。私の実感だと、1年以上だ。
松之丞という名前には思い入れがあっただけに、きっと寂しいだろうし、間違うこともあるだろうと思っていたのだが、「神田伯山」による冷静な仕掛け、その情報量の多さで、すっかり脳内は変換を完了している。
動きのある神田伯山の時代の始まりだ。
10年後、彼の中村仲蔵はどんな変化を遂げているだろうか。
それを聞くためにも、長生きをしないといけない。
写真=佐藤亘/文藝春秋