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巨人・菅野智之の大胆なフォーム改造 ”鴻江理論”で花開くか

文春野球コラム オープン戦2020

2020/03/03

 2月29日。無観客で行われた巨人―ヤクルトオープン戦。巨人の先発マウンドにはエース菅野智之。今年はファンならずとも注目が集まっている。

 自主トレ中から野球ファンの耳目を集めた大胆なフォーム改造。これまでの菅野といえば、ノーワインドアップで上半身と顔のブレがほとんどないフォームから精密機械のようなコントロールで素晴らしいボールを投げ込んでいた。しかし新フォームは、ノーワインドアップながらも、足よりも先に両手をぐいっと引き上げてから投げる、というこれまでにはない力感と躍動感のあるフォームに生まれ変わった。

 この日の菅野は5回4安打1失点、4奪三振。数字を見ればまずまず、だが、それ以上の凄みを感じた。力感で言えば7〜8割程度、新フォームによって覚醒したポテンシャルが暴れ回るのを制御しながら投げているようにさえ見えた。全ての力をこの新フォームに込めたとき、どんなすごいボールが投げ込まれるだろうと想像すると恐ろしいばかりだ。

自主トレ中から大胆なフォーム改造が野球ファンの耳目を集めていた菅野智之 ©文藝春秋

菅野が参加した鴻江スポーツアカデミーでの教え

 菅野がフォーム改造に取り組んだのは、福岡県八女市にある鴻江スポーツアカデミー。「八女の虎の穴」と呼ぶメディアもある。ソフトバンク千賀、ロッテ種市、西武榎田など、数々の一流投手の投球フォームをデザインしてきた、鴻江寿治氏によるトレーニング施設で、これら超一流どころの投手たちが自主トレに参加した。

 トレーニングは科学的であり独特でもある。投球フォームはホーム側、センター側、一塁側、三塁側から同時に撮影。随時チェックを行いながら、フォームがデザインされていく。名物は1kmにも及ぶ山道を「下る」という走り込み。「上り坂は根性しか鍛えられないけど、坂道を下ることはふくらはぎを鍛え、ケガを防止する効果がある」という、鴻江氏の理論に基づくものだ。

 そして、鴻江氏の理論の根幹になっているのが「うで体」と「あし体」である。細かい事は置いといてざっくり説明すると……。「うで体」は猫背、「あし体」は反り腰。「うで体」タイプは投球の際、腕から始動した方が体がスムーズに動き、「あし体」は下半身から始動した方が良い、というものだ。

 この理論を知ったのは去年の6月頃だった。実は筆者、この歳になって再び野球を始め、球速を上げようと個人的にトレーニングに励んでいるのだが、その中でたまたま目にしたのが「ベースボール・クリニック」という主に現場の指導者向けの実にマニアックな雑誌だ。中身を見てその理論に感動した筆者は、即座に鴻江氏の著書も購入した。

 ちなみに筆者は「うで体」である。実際、筆者レベルのほぼ素人の「うで体」が何も意識せずボールを投げると、自然と上半身から動いてバランスを取りながら投げている。おそらく体がその方が楽だからだろう。

 しかし、これが小学生の時から中学高校と何千何万球と投げ続けているピッチャーの中には、自分のタイプと違う投げ方、つまり猫背なのに下半身主導でボールを投げるフォームで、それが体に染みついて離れないくらい投げ込んで、フォームを形作ってしまう場合も少なくない。

 ストイックに自分を追い込んでいくような、野球選手の見本のような選手ほど、そういうところにハマっている可能性があり、菅野選手はまさにそういうタイプではないか、と思う。

 何年か前、スポーツニュースの菅野の密着VTRで「フォームを意識しながら投げているようではダメだ」という言葉は印象的だった。まさしくそういうことなのだろう。

 自分の体の特性をねじ曲げてでも自分を追い込んで、ついにはそれを完成させてしまう……ある意味それは、驚くべきアスリートとしての才能だ。しかしながら、去年、腰痛で戦列を度々離脱した菅野の体は、もしかしたら、その無理によって悲鳴を上げていたのかもしれない。