若い社員は「営業停止命令」だと思い込み……
「マジか!」
それぞれの場所で三木谷とのテレビ会議に備えていた店舗の経営者たちは、ざわついた。メンズファッションを扱う「SILVER BULETT」社長、高木孝のスマホに社員から電話が入る。
「公取が緊急停止命令とか言ってますけど、うちの会社、大丈夫ですか?」
停止命令とは「送料無料化をやめさせる」という意味だが、若い社員は「営業停止命令」だと思い込み、慌てていた。
スタッフと打ち合わせをしていた三木谷は、20分遅れでテレビ会議に現れた。楽天のコマースカンパニーCCO&ディレクター(執行役員)、野原彰人が司会を担当した。
「まず三木谷から、皆さんにお話をさせてもらいます」
そこから約20分、三木谷は送料無料化の決断に至った経緯を切々と語った。
衰退していく地方の商店街をなんとかしたい気持ちで楽天を創業したこと。この数年、アマゾンなどとの競争が厳しくなり、このままでは成長が鈍化してしまうこと。GAFA(グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル)に対抗できるプラットフォームは、南米のメルカドリブレ、インドのフリップカート、日本の楽天の三つしかなく、メルカドは送料無料化でアマゾンを相手に善戦していること。ここで送料無料化をしなければ、やがて日本中がアマゾンの箱で埋め尽くされるであろうこと。
強気一辺倒で知られる三木谷が、この日は楽天が置かれた現状を包み隠さずに話した。
「このまま無料化に踏み切られたら、うちはパンクする」
(今日は、いつもと違う)
高木はテレビ会議の画面の前で居住まいを正した。
三木谷の話が終わると、今度は店舗の経営者が一人ずつ、話をした。DIY工具を扱う「DIY FACTORY ONLINE SHOP」の山田岳人は、送料無料化の延期を訴えた。
「コロナウィルス対応で一斉休校になり、うちの物流センター担当の社員は来週から出社できない。このまま無料化に踏み切られたら、うちはパンクする」
真剣にメモを取っていた三木谷は「パンクする」という言葉に反応して顔を上げ、こう言った。
「そこはちゃんと検討する」
レディースファッションを扱う「イーザッカマニアストアーズ」の今石雄介が言った。
「うちは送料無料化になんとか対応するが、全部の店舗が対応できるわけではない。負担の一部を楽天が負担し『楽天も一緒に戦うぞ』という姿勢を見せてほしい」
高木が言った。
「店舗が5万店近くになり、楽天も大きくなって、あちらこちらで伝言ゲームが起きている。最初は『キリン』だった話が、最後には『ゴリラ』になっている。同じ動物だが、これでは真意が伝わらない。店舗と三木谷さんが直接話せる時間がほしい」
「キリン」と「ゴリラ」のくだりでは、三木谷が大笑いした。