すっかり春の陽気となった今日、青空のもとで32校の球児たちが聖地・甲子園で元気よく行進しているはずだった。選抜高校野球は史上初の中止、プロ野球も開幕が延期となり、ひたすら打球音が響く試合を眺める日々が続いている。寂しさを感じずにはいられないが、こんな状況であっても私をワクワクさせてくれる選手がいる。
心を掴まれたのは2月中旬。安芸キャンプでのある光景だった。去年10月のドラフト会議で1位~5位まで高校生を指名したタイガース。その全員が安芸でプロ初めてのキャンプを送っていた。この日は井上広大(2位・履正社)が実戦デビュー。背番号32は前に同番号を背負っていた新井良太打撃コーチに劣らぬサイズ感でいかにも大物感を漂わせていた。
安芸に集まったファンが見守る中、「初球を積極的に打ちに行った」という井上の打球は、左翼スタンド中段に突き刺さった。圧巻のデビューだった。その場にいた全員に鮮烈な印象を与えたが、井上とはまた違った意味で私の目に焼き付いた選手がいた。遠藤成(4位・東海大相模)だ。試合序盤にも関わらず、胸のTigersの文字が土で見えなくなっていた。まさに読んで字のごとく“泥臭い”18歳に一気に興味が湧いた。
矢野監督を驚かせた入団会見での一言
秋田県の南西部に位置するにかほ市出身。日本海に面した雪深い街で育った。野球を始めたころから「日本一の高校で野球がやりたい」と言い続け“日本一の高校に行く”と書いた紙を自室に貼っていたという。遠藤が中学2年の夏に甲子園を制したのが、小笠原慎之介(中日)擁する東海大相模だった。「練習も厳しいと聞いていたので、その環境で自分がどこまでできるか挑戦してみたかったんです」。秋田から神奈川へ。親元を離れ、同校へ進学した覚悟は両親も遠藤自身も相当なものだったに違いない。
掃除や洗濯など自分で生活していく大変さにホームシック。15歳の少年には野球をやる以前に乗り越えなければならない試練もたくさんあった。その中で遠藤は投手と遊撃手を兼ねたいわゆる二刀流として早くから頭角を現し、1年でベンチ入り。3年時には投げては最速145キロ、打っては高校通算45本塁打を誇りU18日本代表にも選ばれた。高校野球界TOPクラスの選手に育った18歳は秋田からはさらに離れた兵庫県西宮市に本拠地を置く阪神タイガースに入団した。
「阪神タイガースと言ったら遠藤成と言われるようなすごい選手になるので熱い応援をお願いします」。入団会見でのこの一言がさっそく指揮官を驚かせた。「言い切ったでしょ、あいつ。『なります』って。言い切った方が夢は叶う」。矢野監督がにらんだとおり、実際遠藤を取材するとずっと矢野イズムのもとで野球をやっていたかと思うような言葉が並んだ。