試合直前にキャリア28年の音声マンがつぶやいた。「今、球場の外に子供さんがいませんか?」。聞けば、無観客のオープン戦、いつもの歓声がないスタジアムでは、集音マイクが球場外で遊ぶ子供の声を拾っていたのだという。

 実況生活20年、私も無観客での中継は初めてだった。打球音、選手の声、まさに息遣いを届けようと意気込んでいたが、音声マンの耳は、それを遥かに上回っていた。「レフトの向こうを走る電車の音も聞こえますね。ステレオ放送で聴けば、電車が上りか下りかも音の違いでわかるはずです。あと、風向きです。一塁側のマイクが山からの風を受けているのがわかります」。

 3月15日、カープ対ホークスのオープン戦、私にとって2020年最初の実況であった。「無観客」。過度に意識してしまいがちな三文字だが、大丈夫、きちんと緊張できた。球場に到着するといつも目に入る行列もなければ喧噪もなかった。しかし、通路に積まれた中継機材を目にし、スタメン表を受け取り、選手の円陣を凝視すれば、いつもの緊張感が戻ってきた。

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無観客試合のマツダスタジアム ©坂上俊次

音は実に多くの情報をもたらしてくれる

 試合開始。音は実に多くの情報をもたらしてくれる。ホークスの先発は3年目の尾形崇斗だ。大きな声を出しながら投げ込む150キロのストレートは迫力満点。1回、2アウト1塁で4番・鈴木誠也を迎えると、「おりゃ!」の声とともに力のある球を投げ込んだ。

 2回以降、尾形はどんどん状態を上げ、いつしか、「おりゃ!」の掛け声は、「よいしょ!」いうものに変わっていた。4回無失点、それだけではない。音や声が、尻上がりのピッチングを物語っていた。

 ファールボールが客席に飛び込んだときにも、驚いた。「ゴツン」という鈍い音に加え、可動式の椅子が反発でグラグラと揺れていた。解説者の天谷宗一郎さんが、つぶやいた。「打球って凄いでしょ。だから、あれを(観客席のファンが)素手で捕りにいくのは本当に危ないことなんです」。

「ファールボールにご注意下さい」。定型のアナウンスを超えた説得力が、「ゴツン」という音にはあった。

解説の天谷宗一郎さんと筆者 ©坂上俊次