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2020/03/20

映像の中にあった“カリスマ”の素顔

 去年春、原盤フィルム発見の知らせを受けた時点では、私自身、その価値を理解できなかった。三島が自死を遂げたとき、時の首相・佐藤栄作は「気が狂った」と漏らし、防衛庁長官だった中曽根康弘は「迷惑千万」と切り捨てた。政治家たちのこうした言葉もあって、三島事件は「天才作家による狂気のクーデター未遂」と総括されている。

 私にも「三島の価値は優れた文学作品にこそあり、その思想は狂気を孕んだ危険なものだ」という思い込みがあった。だが、ひとたびその映像を目にすると、そこには「狂気」とはかけ離れた、カリスマの素顔があった。50年間、倉庫で眠り続けた三島は、現代を生きる我々に何かを問いかけていた。

笑顔を見せる三島由紀夫(右)

〈これは三島の再評価につながる素材だ――〉

 そう確信した。

『ニュース23』でこの映像の一部を放送したのは、その2週間後のことだ。それは凄まじい反響だった。

 先人たちの遺産の全容を世に出す作業が始まった。映画化にあたって、私たちが真っ先に相談したのは、政治活動家の鈴木邦男だった。

「あの討論会の映像を世に出すべきだ、と思ってたんだ」

 早稲田大学時代、民族派学生として新左翼と対立し、楯の会の会員・森田必勝とは同志だった。三島と森田の自決をきっかけに立ち上げたのが、「新右翼」と呼ばれた「一水会」だ。

討論会の様子

 高田馬場の地下の喫茶店。映画制作の趣旨を告げると、鈴木は、「前から考えてたんだよ……」と漏らした。「あの討論会の映像を世に出すべきだ、と思ってたんだ」

 鈴木は一部の「楯の会」の会員や森田の兄らに電話を掛けはじめた。

「TBSがあの討論会を映画にしたいそうなんだ。協力してやってくれませんかね。……そこをなんとか頼みますよ」