昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

source : 週刊文春デジタル

genre : エンタメ, テレビ・ラジオ, 芸能, 音楽

 静香さんは『何事も本気で、やり始めたら絶対辞めるな』『一番を目指せ』が口癖で、姉妹も負けじと頑張っていましたよ。妹さんは特に負けん気が強く、お稽古で下手な子がいると『もっと練習してこいよ』と睨みをきかせ、周囲を震え上がらせていたようです。そして心美ちゃんは勉強が得意でなかった分、静香さんはフルートにかけていた。娘たちに『ママは吹けないでしょ』って舐められないよう、自身もフルートを習っていた程です」(別の学校関係者)

 姉妹が使用していたのは、それぞれ約200万円程度の銀製のフルートだったという。自宅の地下にある防音のレッスン室で毎日のように練習が続いた。

Cocomi(3月22日Cocomi本人のInstagramより)

「姉妹は週に半分は先生を自宅に招いて、個人レッスンを受けていた。静香さんは本当は毎日来てほしかったらしく、『近所に住んでいる独身の男を紹介するからうちの隣に住んでほしい』と先生に言ったそうです(苦笑)。先生には宿題を見てもらうこともあり、とにかく頼りきっていた。学校のスキー合宿で白馬へ行くときも、『旅費は出すから(先生も)ついて行ってほしい』と懇願したこともあったとか」(木村家を知る人物)

発表会で「ウチの子だけですよね、上手に吹いているの」

 静香は娘への思いゆえに、周囲の保護者から白い目で見られてしまうこともしばしばあった。

「フルートの発表会では、真っ赤なバーキンに蛇柄のブーツ、アクセサリーをジャラジャラつけて後ろの席にドカッと座って、娘さんの演奏を聞くんです。『ウチの子だけですよね、上手に吹いているの。あとの子はろくに練習もしないで~』なんて言うこともあり、周囲は辟易していました。

Kōki,。写真については「by sis」と、撮影したのはCocomiだと紹介されている(3月22日Kōki,本人のInstagramより)

 コンクールだと1位の子の名前は最後に呼ばれるのですが、心美さんの名前がそれよりも前に呼ばれた時は、『マジかよ! 信じられねえ!!』と会場の後ろから静香さんの声が聞こえてきました。隣で妹さんも『何考えているんだよ、先生と審査員がみんな悪い!!』と同調していた。人の親としては気持ちもわかりますが、そこまで言わなくても……」(コンサート関係者)

 静香の教育方針に賛否の声はあったというが、結果的にCocomiは、2019年「日本奏楽コンクール」で最高位(グランプリなし、準グランプリ)を獲得。この実績は今回のデビューに際して、数々のメディアで紹介された。静香の”スパルタ教育”の下、心美は順調に成長してきたのだ。しかし、実はここに至るまでには大きな挫折も味わっている。(後日公開のPart2へ続く)

この記事の写真(12枚)

+全表示

ツイッターをフォローして最新記事をいち早く読もう

週刊文春をフォロー