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2020/03/24

誰がいつ「ザハ案白紙撤回」を発表したか?

 新国立競技場のザハ・ハディド案が白紙撤回のときも政治が目立った。当時の下村文科相は15年6月29日、総工費を当初の2倍近くの2520億円と公表。批判が沸き起こった。

 では誰がいつ白紙撤回を発表したか。去年の検証記事を見てみよう。

《総工費高騰の批判が強まる中、国会は安全保障関連法案の重要局面を迎えていた。同案は7月16日に衆院で強行採決されると、翌17日に安倍晋三首相は突然、計画の白紙撤回を表明。ラグビーW杯での活用は断念された。》(毎日新聞2019年12月1日)

 あのとき安全保障関連法案の採決に対して批判が高まっていた。するとその翌日に「ザハ案白紙撤回」を安倍首相が発表したのだ。見事なあわせ技である。

ザハ・ハディド氏 ©ロイター/AFLO

 新国立競技場は完成したけど五輪の後利用をどうするという問題がある。しかし「そもそもの問題は、後利用を考えず建設したことにある」(毎日)。それだけあのときは撤回ありきだったともいえる。

 こうしてみると東京五輪・パラリンピックは常に政治案件だったことがわかる。

 いや、招致の前からそうだった。

 IOCに対し今回の日程を「晴れることが多く、かつ温暖であるため、アスリートが最高の状態でパフォーマンスを発揮できる理想的な気候」と大ウソついて招致した。なぜそこまで?

「神宮外苑 高層化なし崩し」(朝日新聞2019年7月25日)

 という記事を読むと、

・「都心最後の一等地」と言われた明治神宮外苑地区一帯でいま、高層ビルが「雨後のタケノコ」のように生まれている。

・地区の景観を半世紀ほど守ってきた建築物の高さ制限が緩和されたため。

・呼び水になったのが東京五輪の招致だった。

 とある。

 美しい景観を守るために高さ制限「15メートル」だった明治神宮外苑が新国立競技場をつくることで一気に「80メートル」に引き上げられたのだ。これによって新国立の建設を中心とした神宮外苑の再開発が可能になったのだ。

©iStock.com

 もしかして新国立競技場は“アリバイ”として使われたのか?

「マラソン札幌開催へ変更という“妙な東京五輪”  招致で本当に得をしたのは誰だ?」(文春オンライン2019年10月25日)

 もともと神宮外苑の再開発をド派手にやりたい意向があちこちにあった。その「悲願」を実現するために東京五輪招致は必要だったとも思える。

 忘れちゃいけないのは「東京五輪・パラリンピックの招致を巡り、フランス捜査当局が日本オリンピック委員会(JOC)の竹田恒和会長の贈賄疑惑で捜査を開始」という件だ。最初から政治的な匂いが漂っていたのだ。