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周りの大人のせいで『私たちは特別』

「心美ちゃんのそういった態度は、周りの大人がそうさせていた部分があったのかもしれません。たとえば発表会では、姉妹はいつも集合時間に遅れてきて、演奏が終わったらすぐに帰る“殿様出勤”。静香さんへの配慮もあったと思いますが、とても不自然でした。心美ちゃんが中学1年生の頃にはこんなこともありました。心美ちゃんの演奏があまりに上手なので、我が子の参考にしようと動画を撮影していたお母様がいらっしゃったんです。それを静香さんが見つけて、『動画撮ってましたよね、削除してもらえませんか!』とかなり強い口調で要求していました。

工藤静香 ©時事通信社

 そういった対応が『私たちは特別』という意識に繋がってしまったのかもしれません。フルートの先生にしても、『心美ちゃん上手でしょ。私が教えたのよ』が口癖でしたし。当時、心美ちゃんと光希ちゃんを取り巻く環境はかなり特殊だったように思います」(会場関係者)

あったかもしれない木村拓哉との親子共演

 そんな心美にとって、声優レッスンを受けるひとときはかけがえのない時間だったようだ。

「心美さんは、とても楽しそうにレッスンに通っていたそうですよ。話によると台本もスラスラ読むし、アテレコも上手かったそうです。声優といえば2004年に木村拓哉さんが『ハウルの動く城』のハウル役を演じていますよね。もし心美さんが声優デビューをしていたなら親子共演の可能性もあったかもしれません。そうなれば業界は大盛り上がりだったでしょうね」(前出・木村家と交流のある人物)

木村拓哉 ©文藝春秋

 しかしCocomiは約1年で声優のレッスンを辞め、再び音楽と向き合った。苦手な勉強も東大卒の家庭教師に習って猛勉強し、国内屈指の音楽教育が盛んな私立高校に入学。その後、コンクールへの挑戦も繰り返した。2018年10月には「全日本学生音楽コンクール東京大会本選」で入選。翌年8月末には「日本奏楽コンクール管楽器部門高校の部」で最高位(グランプリなし、準グランプリ)を獲得し、同年10月には「全日本学生音楽コンクール東京大会本選」でも入選した。
 
「あるコンクールの演奏前、心美ちゃんに向かってほかの奏者が緊張して『自分の緊張がうつったらゴメン』と言ったんです。すると心美ちゃんは『そんなことで吹けなくなるような練習時間を過ごしてないから』とズバッと返したことがありました。

 これも演奏前の話ですが、奏者は指を動きやすくするため、手袋やカイロで指を温めます。しかし心美ちゃんは早めに手放す。『吹くときはハートのほうが大切ですから』と語っていて、大御所みたいだなと思った覚えがあります」(高校関係者)
 
 現在もCocomiは音楽活動を続けており、これまで音楽での実績は今回の芸能界デビューに際して数々のメディアで紹介されている。しかしこの報道に対して、ある音楽関係者が「待った」の声をかけるのだ。

(後日公開のPart3に続く)

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