昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

志村けんさんにサインをお願いしたら「ドリフ全員分」書いてくれた話

その後の衝撃の一言と、生「だいじょうぶだぁ」

2020/04/03

 当の志村さんもいかりやさんも、ちゃんと加トちゃんを立てて、約3年後にはこれまた大ヒットした「ヒゲダンス」を志村さん&加藤さんコンビで世に送った。“水がたっぷり入ったバケツを、こぼさずに振り回す”など数々の名芸を覚えてらっしゃる方も多いと思う。二人の名コンビぶりは後に『全員集合』の後番組『加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ』(’86~’92年/TBS)を生む。

 おそらく“「最初はグー」は志村さんの発明”、“「カラスの勝手でしょ」は志村さんが全国区にした”等は他の方がお書きになるでしょうから、なぜか「東村山音頭」の次に大ヒットしたにも拘らず、あまりプレイバックされない「ディスコ婆ちゃん」について少しだけ触れよう。強烈なディスコサウンドに乗せて、婆ちゃんヅラを被った志村さんが「あーぁ!」、「ゲェッ!」とシャウトするだけのギャグだが、これが当時の子供には大ウケ。みんなマネをしていた。個人的に、後の“ひとみ婆さん”の原点と思ってやまない。

志村けんさんの演じる「ひとみ婆さん」 © 文藝春秋

英語塾の先生も知っていた志村さん(ドリフ)の『飛べ! 孫悟空』

 また、子供心に一番忘れられなかったのが、人形劇の『飛べ! 孫悟空』(’77~’79年/TBS)だ。ドリフを模した(というよりはほぼまんま)操り人形で、孫悟空や三蔵法師らを再現。毎回多彩なゲスト(郷ひろみさんや桜田淳子さんなどのスター)を迎え、大胆なアレンジを加えつつ『西遊記』のストーリーをなぞるという内容で、志村さんは当然主役の孫悟空。あとは推して知るべしだが、なんと! 加藤さんだけは原作にない“カトー”として、あのハゲヅラの酔っぱらいキャラでメンバーに加わり、通常の『西遊記』の盛り3倍くらい楽しめた。この後番組が伊東四朗さんの「ニン!」で有名になった『ザ・チャンス!』(’79~’86年)だった(最初の司会はピンク・レディー)。

 この『孫悟空』で忘れられない思い出がある。悟空が秘術を使う際の呪文に、当時の志村さんのヒットギャグ「アーミーマー!」を叫んでいたのだが、私はなぜか当時、英語塾なんてシャレたものに親に無理矢理行かされていた。その塾の先生が、「孫悟空が“アーミーマー”なんて言ってるけど、みんな、いい?“アイ・マイ・ミー”が正しいのよ」と言ったのだ。「英語塾の先生まで僕の大好きな志村さんや『孫悟空』を知っている……!」と子供心にひどく感激したものだ。全然大したことでもなんでもないが、私にとっては大切な想い出。