「隠蔽」に「隠蔽」を重ねる
だが、習は武漢を視察した3月10日、「武漢とその人民は英雄の名に恥じない。党と人民は武漢人民に感謝する」と、書記と逆のことを言い、「民衆重視」が宣伝された。つまり側近らの違和感のある行動や発言は、武漢視察に合わせて習の権威を高めるためにあらかじめつくられた舞台装置だったと、筆者は見ている。
官製メディアは感染拡大が抑えられ始めた2月下旬から、「武漢封鎖」など強力な措置を講じ、すべての国民を総動員し、従わせることができる「共産党体制の優位性」の宣伝を本格化させた。この頃、ウイルスは中国から日本や韓国、欧米などへ拡大した時期であり、国営新華社通信は3月4日の論評で「中国の巨大な犠牲と代価があったからこそ、全世界は戦いのための貴重な時間を得ることができたのだ」と指摘し、「世界は中国に感謝しなければならない」と主張した。
さらに、中国外交部の趙立堅副報道局長は3月12日夜、自身のツイッターで「米軍がウイルスを武漢に持ち込んだかもしれない」と書き込み、習の「病原体がどこから来たのかはっきりさせろ」という指示も伝わった。自らの「宣伝」で、世界に感染を拡大させた初期の「隠蔽」に新たな「隠蔽」を重ねようとしているのだ。
「武漢の真実」を記録する女性作家の日記
一方で、中国のネット上で人々の共感を集めているのが「方方日記」だ。武漢に住む著名な女性作家・方方さん(64)が、封鎖された武漢で起こる真実を記録しようと毎日書き続けるブログ形式の日記で、「何が原因で今日の災難に発展したのか徹底調査するよう望む」(3月9日)と、真実を語らなかった政府への批判が貫かれている。
当局から削除されても、脅迫があっても今なおペンを置かない。習が武漢入りした日には「勝利はなく、あるのは終わりだけだ」と、「勝利宣言」に疑問を投げ掛けた。
深刻な感染に警鐘を鳴らした真実の告発が、「デマ」だと警察から処分を受け、その後院内感染し、2月7日に亡くなった李文亮医師。彼の中国版ツイッター「微博」での最後の言葉は検査結果が陽性だったと知らせた2月1日の投稿だが、その欄に自身の思いを書き込む人が後を絶たない。
別の女性医師も早い時期にウイルスの存在を知り、警告を発したが、直後に当局から激しく叱責された。女性医師は中国誌のインタビューを受け、当事者の1人として真実を明かした。記事は3月10日にサイト上に掲載されたが、すぐ削除された。この当局の規制に反発する人々は検閲をかいくぐる様々な方法で、削除された記事を発信し続けている。
中国で3200人超が命を落とした悲劇に対し、沈黙を選ばない人の輪がどれだけ広がるのか。「宣伝」と「記憶」の攻防の行方が共産党体制の行方を占うと言っても過言ではないだろう。(一部敬称略)
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「文藝春秋」4月号および「文藝春秋 電子版」に掲載した「習近平『恐怖支配』が招いた感染爆発」では、習政権が「武漢封鎖」に舵を切った経緯、党中央に正確な情報が上がらない背景、SARSに対応した胡錦涛との違い、清華大教授の“決死の告発”などについて詳しくレポートしている。
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習近平「恐怖支配」が招いた感染爆発