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怪談の背景となっている「大宮アベック連続殺傷事件」

「他にも、その近くをカップルでドライブしていると交通事故を起こすなど、色々な噂があります。場所としては見沼自然公園という人もいるんですが……」

 さて、H君のいう「アベック山」とはいったいどこにあるのか。結論からいうと、そこが見沼自然公園だという噂は間違いである。今回の場合、「アベック山」というキーワードが確かだったので、詳細な現場および由来を特定することができた。

 怪談の背景となっているのは「大宮アベック連続殺傷事件」。それは1963年6月18日、「見沼用水」そばのとある地点で起こった。

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 犯人であるSはその夜、用水路べりの遊歩道にて飼い犬を散歩させていた。彼はこんな時よく、犬に巻くはずの鉄の鎖を自分の両肩からぶら下げ、ジャラジャラ音をたてながら夜道を闊歩した。

 事件当夜のSが、どのような風体で犬を散歩させていたのかは不明だが、ともかく驚くべき凶行に走ったのは確かである。

 Sは突然、見沼用水べりをデートしていたアベックに、ナイフで襲いかかったのだ。背中に重傷を負った男性はなんとか逃げたが、Sはそのまま女性を連れ去り、乱暴した上に刺殺。さらにその直後、Sはまた別のアベックへも襲撃を重ねる。二組目のアベックのうち、男性は心臓を刺され即死、女性はなんとか無傷にて逃げおおせた。

 そしてSは逮捕され、懲役15年の判決を受けている。

「大宮アベック連続殺傷事件」朝日新聞1963年6月19日朝刊より

実際にその事件現場に足を踏み入れると……

 その現場を、H君とともに訪ねてみた。事件当時、K町の見沼用水べりは雑木林ばかりで街灯もなく、男女の密会が横行していたので、地元では「アベック山」と呼ばれていたのだ。

 現在では木々が伐採され、幾つかのグラウンドが広がる見通しのよい野原となっており、「アベック」も「山」も見当たらない。そのため木々の生い茂る見沼自然公園の方が、アベック山ではないかとの俗説が生まれたのだろう。

 また興味深いのは、ここに出るとされる幽霊が「男女のアベック」とされていることだ。先述通り、殺害されたのはカップル二組のそれぞれ男女一人ずつ、彼らは赤の他人同士である。おそらく時が経つにつれて情報が混同され、「殺されたのが男女一人ずつ」ということから、勝手に「恋人同士」の霊と勘違いされたのだ。

 被害者を追悼する意味でも、ここに事実を記しておくべきだとは思う。あるいはまた、同時に殺された彼らの無念が、この場所に寄り添っているのかもしれないが……。

現在は見通しのよい野原となっている事件現場 ©吉田悠軌