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“オカルト探偵“吉田悠軌が紐解く“都市風景と怪談” 農業用水路

2020/04/18
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心霊スポットの噂を生む1つの要素

 見沼自然公園近くにはまた、「七里殺人の森」なる有名心霊スポットもある。そこでは昔、子どもが父親の首を鉈で切るという惨殺事件があり、今も殺された父親の生首が飛びかっている……という、かなり奇妙な噂がささやかれている。もちろん、この殺人事件については根拠の無いデマである。

 ただ補足すれば、周辺で死体の遺棄事件があったのは事実だ。1994年1月22日、頭部を鈍器で数回殴られた男性の他殺体が、近くの山林で発見された。私が新聞記事を調べた限りでは、犯人も見つからず未解決に終わった事件のようだ。これが心霊スポットの噂を生む要素の一つにはなったかもしれない。

見沼用水べりの様子 ©吉田悠軌

水場と怪談、そのつながりは深い

 怪談と場所の関係性を探る上で、もっとも重要なのが「水」の存在である。怪談とはその多くが水場に生まれるものだからだ。農業用水路もその例に漏れない。

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 日本の農業用水路の多くは近世に開発され、米作に大きく役立った。しかし農地の少なくなった現代、特に都市部において、その役割は変化したと言えるだろう。細かい水路については、例えば排水路に転用され、街の発展にともない(悪臭を放つため)暗渠化される。渋谷~目黒あたりはその典型で、私が怪談の発生現場としてもっとも注目するエリアでもある。

 大規模な用水路といえば、もはや文化遺産のように扱われ、公園や遊歩道などに活用されるパターンが多い。「かつて農業用水路だった、公共の緑地」……日本の都市近郊によく見られる風景だ。

 その代表例が、さいたま市の「見沼代用水」となるだろう。大宮駅の東側一帯には、かつて「見沼」という広大な沼が存在していた。江戸中期に干拓されて「見沼田圃」となり、そこは高度経済成長期にも開発されることはなく、県をあげての保全が行われた。

 事件当時のアベック山では、薄暗い低湿地はまだ公共の緑地として開けておらず、それが事件を誘引する一因にもなった。1994年の事件にしても、やはり鬱蒼とした山林だったからこそ死体遺棄現場に選ばれたはずだ。

 生活空間のすぐ脇にある、陰鬱な水場。それは都市の物陰であり、都市住民の中に潜む欲望のはけ口として機能していた。密かな逢い引きの場、あるいは鬱屈した暴力が爆発する場でもあったのだ。

 もちろん先述通り、近年の農業用水路跡地については事情が変化している。文化的側面が注目され、鬱蒼たる木々も取り払われた、よりオープンで明るい公共空間になりつつある。ただし、だからといって都市の物陰だった頃の記憶がきれいに消え去る訳でもない。その記憶が、めぐりめぐって怪談を生んでいくのである。

見沼たんぼ周辺案内図 ©吉田悠軌
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