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父と僕はある夏の午後、海岸にその雌猫を棄てに行った

 ともあれ父と僕はある夏の午後、海岸にその雌猫を棄てに行った。父が自転車を漕ぎ、僕が後ろに乗って猫を入れた箱を持っていた。夙川沿いに香櫨園(こうろえん)の浜まで行って、猫を入れた箱を防風林に置いて、あとも見ずにさっさとうちに帰ってきた。うちと浜とのあいだにはたぶん二キロくらいの距離はあったと思う。当時はまだ海は埋め立てられてはおらず、香櫨園の浜は賑やかな海水浴場になっていた。海はきれいで、夏休みにはほとんど毎日のように、僕は友だちと一緒にその浜に泳ぎに行った。子供たちが勝手に海に泳ぎに行くことを、当時の親たちはほとんど気にもしなかったようだ。だから僕らは自然に、いくらでも泳げるようになった。夙川にはたくさんの魚がいた。河口で立派な鰻を一匹捕まえたこともある。

©高妍(Gao Yan)

 とにかく父と僕は香櫨園の浜に猫を置いて、さよならを言い、自転車でうちに帰ってきた。そして自転車を降りて、「かわいそうやけど、まあしょうがなかったもんな」という感じで玄関の戸をがらりと開けると、さっき棄ててきたはずの猫が「にゃあ」と言って、尻尾を立てて愛想良く僕らを出迎えた。先回りして、とっくに家に帰っていたのだ。どうしてそんなに素速く戻ってこられたのか、僕にはとても理解できなかった。なにしろ僕らは自転車でまっすぐ帰宅したのだから。父にもそれは理解できなかった。だからしばらくのあいだ、二人で言葉を失っていた。

 そのときの父の呆然とした顔をまだよく覚えている。でもその呆然とした顔は、やがて感心した表情に変わり、そして最後にはいくらかほっとしたような顔になった。そして結局それからもその猫を飼い続けることになった。そこまでしてうちに帰ってきたんだから、まあ飼わざるを得ないだろう、という諦めの心境で。

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 うちにはいつも猫がいた。僕らはそれらの猫たちとうまく、仲良く暮らしていたと思う。そして猫たちはいつも僕の素晴らしい友だちだった。兄弟を持たなかったので、猫と本が僕のいちばん大事な仲間だった。縁側で(その時代の家にはたいてい縁側がついていた)猫と一緒にひなたぼっこをするのが大好きだった。なのにどうしてその猫を海岸に棄てに行かなくてはならなかったのだろう? なぜ僕はそのことに対して異議を唱えなかったのだろう? それは――猫が僕らより早く帰宅していたことと並んで――今でも僕にとってのひとつの謎になっている。