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55年前のヨット単独航海「太平洋横断ひとりぼっち」#3

55年前のヨット単独航海「太平洋横断ひとりぼっち」#3

逮捕も覚悟した命懸けの冒険譚

2017/08/15

source : 文藝春秋 1962年11月号

genre : エンタメ, スポーツ, 国際

note

8月11日(土)=第93日

 すてきにきれいな月夜だ。月齢は満月に近い。いま、ぼくはサンフランシスコ港の沖にいます。ほんもののシスコです。

 昼間のうち濃かったスモッグも、ほとんど晴れている。シスコの街のてっぺんと、ゴールデン・ゲイトの上のほうに、うっすらとかかるだけだ。

 金門橋のイルミネーションは、はじめオレンジ色だったのが、いまは変わって見える。その南側に、シスコの灯が規則正しく整列している。

 けさ、起きて見ると、ハッキリ海の色が浅かった。もう、気のせいではありません。あきらかに黄色い。波がパッと立つ。近海の波だ。

 風なくなる。じれる。

 ジェット機が2機、北から南へと消える。モーター・ボートを見た。20トンぐらいのフィッシャーマンズ・ボート(釣り船)だ。これも「マーメイド」の東方を、北から南へぬける。貨物船が2隻、やはり南へすぎる。

 にぎやかになってきた。ジッとしてはいられない。風のないうちにと、キャビンにもぐって、ヒゲをそる。はじめて、ていねいにあたった。船内も整理する。

 終ったころ、風がパッと出る。予想どおりのN―NEだ。カッコいい。クォーターリー・アビームで走らす。

 相変わらず、スモッグが深い。午前10時ごろ、スモッグに穴があくような感じで、なんだか赤いものが顔を出す。島だ!(堀江君にとって、主体は海である。陸地はすべて“島”と呼ぶ)アメリカだ!

 ニヤつかないように、タヅナをしめる。陸は赤ムケで、木がない。バカに殺風景なところだとおもった。

 海岸線にそって、南に走る。ランニング(追い風)からツイン・ステールスに変えた。航海計画の目標地点ポイント・レーヤー(レーヤー岬)にむかう。

 正午すぎ、岬を見る。ポイント・レーヤーと確認する。調べてきたのとピッタリだ。わが航法も、まんざらじゃない。

 日暮れ前、スモッグがおりた。急に暗くなる。

 今夜じゅうに、ゴールデン・ゲイトに入ろうかな。が、すぐに考えなおす。この辺は悪潮流の本場だ。波も不規則である。ここまできて失敗したら百年目。

 シスコの灯の前をSに走らす。陸が遠くなる。もったいないが、セーフティ・ファーストでいく。沖へ沖へと出た。

 これから、徹夜でワッチだ。ものすごく寒い。〉

月夜のゴールド・ゲイト・ブリッジ ©iStock.com

 朝会ったフィッシャーマン・ボートはおもしろかった。見張り台に立っているワッチマンが、こっちを観察しているのが、ハッキリわかる。だのに、黙ってゆきすぎてしまった。

 その辺のヨットだとおもったんだろう。まさか、日本からきたとは、想像もつくまい。愉快になった。

 針路が正確だったのは、なんといっても、いちばんうれしい。いよいよ、シスコにとっついたというドキリよりも、そっちが先にきた。ヨットマンのプライドである。

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 うまくシスコに近接したのだから、そのまま、まっすぐにねらってもよかった。だが、どうしても、ポイント・レーヤーを、まずこの目で見たかった。5年かかってねったプランが、レーヤー岬を目標地点においていたからだ。迷わず、クォーターリー・アビームにて、ダイレクトで南へ走る。

 レーヤーの状況は、とっくに頭に入っている。見たこともないのに、頭のなかにイメージができあがっていた。

 最初に目に入ったのは、高い灯台だった。岬の中腹よりいくらか上に、まっ白く見えた。岬は緑色だ。白がきわだつ。

 灯台の高さを目測する。予備知識では、300フィートとなっている。たしかに、90メートルぐらいだ。地形も合う。灯台の横に灯台ハウスもある。少し上の家も、そのとおりだ。まさしく符合する。

 陸から飛んでくる鳥がふえた。これはわかる。カモメやカラスだもの。しかし、ずいぶん久しぶりでお目にかかる。なつかしい。