昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

発掘!文春アーカイブス

2017/08/15

source : 文藝春秋 1962年11月号

genre : エンタメ, スポーツ, 国際

 寒いあけがただった。依然として、風はない。沖にむけてあったバウをまわす。なかなか進まない。

 Eの向い風が吹きはじめた。それに逆潮だ。金門橋の手前で、ストーム・ジブに変えた。ボートをつけるときに、タッキングしやすくするための準備である。もちろん、スピードは落ちた。

 しかし、せっかくのフィニッシュだ。モタモタして、みっともない接岸をしたくない。最後のところで、ヘマを見せるくらいなら、着くのがおくれるほうがいい。

 たくさんのボートが、ゲイトをくぐって、スイスイとすべりだしてくる。日曜日だ。むこうは早く走っているが、こっちの舟足はのろい。あわてることはない。あわてる乞食は、もらいが少ない。

 午前11時、ゴールデン・ゲイト南端の橋桁を通過した。くぐりながら見あげる。人間はいない。車ばかりが走りまくっていた。

 さて、どこへつけるか? ゴールデン・ゲイト・ヨット・クラブと、セント・フランシス・クラブがあることは、調べてある。だいたいの位置も飲みこんできたつもりだ。でも、ハッキリはわからない。

 すれちがうヨットばかりだったのに、うしろから追ってくる一隻に気づく。45フィートのヨール(型名)だ。ハルは白い。グングン迫ってくる。家族でクルージングにいった帰りとおもわれる。

 船員帽をかぶったオッサンがスキッパー(艇長)だ。奥さんらしい中年婦人も見える。若いお嬢さんたちが、クルー(乗組員)をやっていた。またたく間にならばれる。

「ホエア・ドゥ・ユー・カム・フロム?」(どこからきた?)

 オッサンが怒鳴る。

 もう、かくすこともあるまい。

「フロム・オオサカ・ジャパン!」(日本の大阪からや)

 こっちも大声で叫びかえす。

 このとき、ぼくが「ケンイチ・ホリエ。オオサカ・ジャパン」と答えたというのは、つくりばなしである。どうして、そんなことになったのか、よくわからない。

「ウォーッ」

 オッサンは、ほえるみたいな声をあげた。

「どっちいったら、ええねん?」

「あっちや」

 案内してくれるつもりだ。とわかって、ふっと心配になった。ままよ。

「アイ・ハブ・ノー・パスポート」

 白状したら、オッサンはケロッとして、

「オッケー、オッケー。フォロー・ミー」(よし、よし。ついてこい)

 そこで、いっしょに走りだす。しかし、むこうは45フィートだ。こっちは19フィートだし、3カ月も走っている。コンディションが悪くて、ついていけやしない。半分ぐらいのスピードがせいぜいである。

 オッサンの船は、すぐにサーッといってしまう。それからまわって、むかえにくる。また離される。もどってくる。まだるっこいことをくりかえす。

「ハウ・メニー・デイズ・アー・ユー・クルージング?」(なん日かかった)

「スリー・マンスス」(3カ月)

 長くかかったことを説明しようとおもって、野球帽をぬいで見せる。このボーボー頭をごらん、という意味のつもりだ。

 そしたら、オッサンは、

「オー。アイ・アム……なんとか」

 といって、帽子をぬいだ。見ると、ツルッぱげだった。アメリカ式のジョークである。吹きだしてしまう。

 やっと、“監獄島”に近づく。コースト・ガード(海上保安庁)のランチがよってきた。ハゲのオッサンが、いったりきたりしているうちに、その辺にいた艇に連絡したんだろう。あとで知ったのだが、オッサンはテレビ関係のエライさんであった。

サンフランシスコに上陸 ©共同通信社

 ランチが横づけになる。ボートをとめて、サイドをつける。波が高くて、うまくいかない。あきらめて、曳航してもらうことになった。

 ひっぱられて、アクア・パークに入る。波はない。ヨット・ハーバーではなさそうだ。大勢が泳いでいた。海水浴場なのだろう。接岸はできそうにない。

 丸太ン棒を突っ立てて、板を張っただけの防波堤があった。コンクリートで固めた立派なのとはちがう。しかし、うまく作ってある。

 ランチはクイにもやいをとった。エンジンをバックに入れたまま、かけっぱなしだ。日本人なら、アンカーを打ってから、バウをよせる。が、ヤツらはアンカーなんか使おうとしない。スクリューを逆にまわして、バックさせている。バウからもやいをとってあるから、船は岸に直角に立つ。

 ぜいたくなまねをする、とあきれる。これがアメリカ式なんだな。そうおもったとたん、デスティネーション(目的地)に着いた感触が肌を流れた。

 ウワァー、アメリカや! サンフランシスコや! ヤッタッターッ!

 岸壁には、青い眼の役人や新聞記者が、ズラリと待ちかまえていた。「マーメイド」はコースト・ガードのランチに横をつける。

 快晴のま昼である。日本晴れだな、とおもった。

太平洋ひとりぼっち

堀江 謙一(著)

舵社
2004年2月1日 発売

購入する

ツイッターをフォローして最新記事をいち早く読もう

文藝春秋をフォロー