午後2時ごろから、スモッグが濃くなる。日暮れ近く、もっと深まる。見通しきかず。すると、パッと灯台の灯がついた。
ポイント・レーヤー灯台は、FLファイブ・セコンドのはずである。目をこらして、間合いを測る。ワン……ツー……スリー……フォー……白! まちがいなく、5秒ごとにフラッシュ(閃光)している。ドンピシャだ。ぜったいにレーヤーである。いい気持。
サンフランシスコとは、20マイルのご近所にいる。ここで、はやる心を静める。
ここまできて、マストを折ったりしたら、男が立たない。西宮沖でダメになるのと、おんなじではないか。ひとまず沖へ出て、あす改めて、直角に入れることにした。
海岸線は南へさがるにつれて、東へそれている。だから、南行すれば陸が逃げる。しかたがない。ともなく、Sに走る。が、いきっぱなしも危ない。ファラロン暗礁がある。で、適当なところで、陸と並行に進む。ゴールデン・ゲイトと灯台船のあたりに、ねらいをつけた。
大きな月があがったのは、突入をあきらめて、気が落ちついたころであった。
シスコを背に、沖へ走る。海図は持っているけれど、港内にはなにがかくれているかわからない。それに潮流が激しい。波もすごい。海底の地形がこみいっているにちがいない。デタラメな悪質の波だ。波長が短い。こんなところで風が強くなったら、冗談でなしに、マストが折れるかもしれない。折れたが最後、立てているあいだに、流されてしまう。
沖! 沖! 逃げるにかぎる。
だが、睡い。まぶたが下がってくる。お湯をわかして、コーヒーをブラックでグッと飲む。
シスコは国際港だから、夜がふけても、船の出入りが多い。ぶつけては大変だ。あと1日というところで、オジャンにしては、ミもフタもない。
朝まで起きている決心をきめた。徹夜でワッチだ。出発してから、はじめてする徹夜である。がんばろう。しかし、睡い。
陸の火を見ると、どうしても、ソワソワしてくる。やっぱり、うれしいんかいな、などと人ごとみたいに考える。すると、うれしくないみたいな気がしてくる。安心してはいけないんだ。冷静になった。
でも、やっぱり、目がしぶい。長いあいだ、お天道さんがいないときは寝る原始生活をつづけてきたので、習慣がついてしまったのだろう。
すごく寒い夜だった。毛のパッチ(ももひき)をはく。シャツも2枚にした。その上にセーターを重ねる。ふつうのジャンパーを着て、もう1枚、メリケン(米兵)のジャンパーもかぶる。計5枚だ。ウールのマフラーも巻いた。ここで風邪をひいては、わりに合わん。
それでも寒い。寒いと睡くなる。おまけに、今夜はワッチだけしか、することがない。手持ちぶさたで、なおまぶたがさがりたがる。
キャビンでコンロをたく。石油はいくらでも残っている。安心して、つけっぱなしにした。
デッキに立っていると、フォッグでからだがベッタリと湿ってくる。キャビンにもどって温める。そして、またブラックを飲む。眠っちゃいけない。危険だ。
シスコの灯を見ながら、フォッグにぬれているなんて、ええところやな。ふと、そんなことをおもう。睡気ざましだ。
なにしろ冷える。とにかく、朝を待とう。5時の日の出と同時に、行動開始とする。
考えることが、いっぱいありそうだ。しかし、なにも浮かんでこない。安心するなかれ。そればかりを自分にいいきかせる。
母ちゃん、ぼく、きたんやで
〈8月12日(日)=第94日
やっと、しらじら明けがきた。クルージング・バージ(マストの頂上につける三角の旗)と、イェロー・フラッグ(黄色)をあげる。キッチリつけた。
いよいよ、日の出だ。フィニッシュ(ゴール・イン)にかかる。
「マーメイド」は、本日ただいまより、ゴールデン・ゲイトに進入を開始する。
お母ちゃん、ばく、きたんやで。〉