ストレッチをしているから、きっとこれから山を登ろうとしているのだろう。声をかけてみると、「週に1回くらいずっと高尾山登ってるんです。まあ、人が少ないからいいんじゃないですか」。そう言って、ケーブルカー乗り場の脇にある登山道を駆け上がっていった。この言葉の是非をどうこうする立場にはないが、きっと山の中にいるのはこのお兄さんくらいではないか。登山道の入り口には自粛を呼びかけるメッセージとともに、長時間の滞在を避けることと人との距離を空けることも書かれていた。自粛しない人が多くて困るとか、いろいろ言われているけれど、高尾山を訪れる人はほとんどいなかったのだろう。
もともと高尾山口駅は、1967年に京王高尾線の開通とともに開業した比較的新しい駅である。その駅の役割は最初から高尾登山の玄関口。高尾線自体は昭和初期に多摩御陵への参拝路線として開業した御陵線をルーツに持ち、戦時中の休止を経て観光路線として生まれ変わったものだ。北野から高尾までの間にはニュータウンの中を通るが、高尾~高尾山口間は徹頭徹尾レジャー路線。シーズンから外れた冬場の平日などであれば、緊急事態宣言下とさほど変わらないほど人が少ない。いっぽうで、ハイキングシーズンの週末は京王ライナーの臨時列車「Mt.TAKAO号」が運行されるなど、レジャー客で賑わっている。大晦日から元旦にかけては終夜運転も行われるくらいだ(初日の出を見に行く登山客が多いらしい)。
そんな高尾山の玄関口の駅も、今はほとんど人がいない。まあ、訪れたのがGWとは言え天気の悪い日だったことも関係しているのかもしれないが、他の日もさして変わらなかっただろう。東京の西の端、首都圏屈指のレジャー路線は、観光シーズンにもかかわらず空気を運びながらコロナ禍の収束を待っている。
(【続き】現地報告 関東で“一番有名な終着駅” 緊急事態宣言でGWの「日光」はどうなった? を読む)
写真=鼠入昌史