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小説は特別なものだし、絶対にいいものでなければならないと思っています――中村文則(2)

話題の作家に瀧井朝世さんが90分間みっちりインタビュー 「作家と90分」

2016/07/31

genre : エンタメ, 読書

note

忙しいと、脳が危機感を持っていろんなアイデアをくれるんです

――ああ、『あなたが消えた夜に』と同時進行で書かれていたんですね。謎めいた事件を追う刑事たちの話ですが、『教団X』の一方で、どういうものを書こうと思ったのでしょうか。

あなたが消えた夜に

中村文則(著)

毎日新聞出版
2015年5月16日 発売

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中村 一回刑事ものを書いてみたかったんです。『教団X』で内面意識は何か、人間とは何かということについて書きましたが、その精神分析版を、徹底的に刑事小説の体裁を取り入れてやったんです。それをもう一段階深めたのが『私の消滅』です。

私の消滅

中村 文則(著)

文藝春秋
2016年6月18日 発売

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――それぞれを書く時にやっぱりスイッチって切り替えるんですか。

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中村 替えます。どちらかをカンヅメにして、どちらかを家で書く、とか。『教団X』は『去年の冬、きみと別れ』(13年刊/のち幻冬舎文庫)とも少しかぶっているんです。どんだけやっとんねんという話ですよね。でも相乗効果もあるし、これだけ忙しいと、脳が危機感を持っていろんなアイデアをくれるんですよね。だからどんどん浮かぶんです。忙しければ忙しいほどアイデアが浮かぶ。でもそんなこと続けてたら死んじゃうと思う。

去年の冬、きみと別れ (幻冬舎文庫)

中村 文則(著)

幻冬舎
2016年4月12日 発売

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――死んじゃわないでください。

中村 今、3つ並行して書いていたもののひとつが終わって2つになったんですけれど、秋からまたひとつ始まるんですよね。

――今執筆中のものについて教えてください。

中村 読売新聞夕刊の連載『R帝国』は、初の近未来のディストピアものです。携帯と話せる程度の近未来です。ヒトラーのエピグラフから始まっています(笑)。全体主義の恐怖を描くもので、民主主義で資本主義なのになんでこうなったんだろう、という怖い話です。これで『教団X』を超えたいなと思っています。猫将軍さんという天才的なイラストレーターを見つけて、彼女がすごくエンジンがかかって本当に素晴らしい絵を描いてくださっています。

『トリッパー』では精神分析ものを書いています。タイトルは『その先の道に消える』。僕の小説って、タイトルに「消」という言葉がつくと精神分析ものかもしれない。これは“虚無”をテーマにした刑事ものです。

 秋から始まるものに関しては、まだ何も考えていないし、今はまだ何も言えないです。

瀧井朝世

――それにしても、純文学作品を紹介する時はそこまでネタバレに神経質にはなりませんが、中村さんの小説を紹介する時って、ネタバレになりそうであらすじ紹介が難しいですよ。

中村 難しいですよね。僕も読者さんにはまっさらな気持ちで読んでもらいたいんですけれど、それだとどんな話か分からない。作者の名前だけで買ってもらえるのが本当は一番いいんですけれどね。

――そうなっているのでは?

中村 いやいや。僕はまだまだなので頑張らないといけないです。

――すでに相当頑張っているじゃないですか。

中村 頑張っていますよ。超頑張っているけれど、まだまだなんですよ。

――今回、読者からの質問を募集した時に、若い方から、いろいろ悩んでいるなかで中村さんの本を読んで共感した、という声がすごくたくさんありまして。

中村 とても嬉しいです。そういう声をいただくことは多いです。小説は特別なものだし、絶対にいいものでなければならないと思っています。まあまあいいものができた、みたいに書いてはいけないと思う。作家が、自分でこれは普通の小説だと思ったら、発表しないほうがいい。いい加減なものは出してはいけないと思う。

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