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平成生まれで元派遣社員の私が、はじめて『ハケンの品格』を見て“強烈な違和感”を覚えたワケ

満点で働く春子が300点を出してようやく認められる物語

2020/05/27

満点で働く春子が300点を出してようやく認められる物語

「S&F」は社員食堂にも格差がある。カレーライス一皿が正社員は350円だが、派遣社員だと倍の700円になるのだ。第7話にて、そこに着想を得た美雪は、派遣社員が安心して食べられる低価格の“ハケン弁当”の企画を考案する(3ヶ月後の契約更新が危ぶまれる派遣社員が企画書の責任者になることや、そもそも派遣社員が就業時間外に業務をこなすこと自体すでにNGだとは思うが……)。企画は社内コンペを無事通過するが、正社員から「派遣の企画が通ったんだ? やってらんないわ」「森(美雪)ちゃんって、そんなに偉いんだ」「とてもじゃないけど自分の名前で企画なんて出せないよね」と総スカンを受ける。

 数々のピンチに見舞われたハケン弁当は最終的に成功し、マーケティング課の主任・里中賢介(小泉孝太郎)は、全社員の前で、企画に尽力した春子たち派遣社員の功績を語る。今まで冷遇されてきた派遣社員の立場が認められる感動的なラストであるが、私は全体を通して、「派遣社員が生きてゆく難しさ」をさらに強く感じてしまった。

小泉孝太郎 ©文藝春秋

 冒頭でも書いたとおり、“契約延長はしない・残業はしない・休日出勤はしない・他部署の仕事はしない”は春子が求めている労働条件で、彼女のポリシーだ。一見、我が儘にも見えるが、そもそも仕事が人一倍早い春子には残業する必要がなく、破格の時給3000円もあらゆる仕事をそつなくこなす春子に十分見合った報酬と言える。しかし、常に100点満点で働く春子を真っ当に評価する人は少ない。「これだから派遣は」「お時給インベーダーだ」「お前には人の心がないのか」と、彼女の生き方を否定する言葉ばかりが常に付きまとう。そして、春子はたびたび理不尽な条件を呑んでいる。休日に上司を説得したり、漁船で材料を調達したり、早朝から弁当の試作を作ったりと、ハケン弁当編だけでも業務外のオンパレードだ。

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 それに対して「春子が会社のために残業するなんて初めてですよ」と周りは嬉しそうに話し、春子の態度もどんどん柔らかくなっていくなど、彼女の変化はわりと肯定的なエピソードとしてまとめられている。しかし私はどうしても、100点満点で働く春子が200点、300点を出してようやく正当な評価を受けた物語を、美しいとは思えなかった。むしろ春子が選んだ派遣社員という生き方が、彼女の足枷になっているように見えた。

 先述した第2話で、美雪に「派遣のプライドってなんですか?」と聞かれた春子は「なんだそのくだらない質問」と一蹴し、プライドをかけたホッチキス対決で、わざと東海林に負けている。負けた理由を「私が派遣だからです。大勢の人の前で正社員のプライドを傷つけても私は、ひとつも嬉しくありません」と語る春子は、自分のプライドよりも派遣として生きていくことが大切だとハッキリ言った。会社に縛られるのを嫌い、派遣に誇りを持っている春子は、実は誰よりも”派遣社員”という立場に縛られていたのかもしれない。

帰ってきた大前春子が、2020年に残す新たなメッセージとは

 それでも、主人公・大前春子の良さは、13年経った今でも変わることはないだろう。自分の意志を貫き、きちんと根を張って生きる春子の姿には私たちの“理想”がつまっている。しかし、春子の生き方を通して作品が伝えるべきメッセージは、この13年で大きく変わったはずだ。

「働くことは、生きることです」

 3ヶ月の契約期間を終えた春子が、最終回で美雪に言ったセリフだ。大前春子の生き方を象徴したこのセリフは今、どんな意味を持つのだろう。そして、2020年に帰ってきた大前春子がどのようなメッセージを残すのか。今度は働き世代の一人として、しっかり見届けようと思っている。

2020年近日スタート予定の『ハケンの品格』(公式HPより)
平成生まれで元派遣社員の私が、はじめて『ハケンの品格』を見て“強烈な違和感”を覚えたワケ

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