次々と訪問客が……小池に対する印象の変化
最初の晩、小池は枕と毛布を抱えて早川さんのところにやってきた。
「ひとりで寝るのは怖いから、早川さんの隣で寝かせて」
早川さんは小池をいとおしく思ったと、母宛の手紙に書き残している。
ところが、次第に早川さんの小池に対する印象は大きく変わっていく。
「大人なのか、子どもなのか」
次々と訪問客がやってくる。皆、男性だった。小池はコケティッシュな振る舞いで彼らを翻弄し、魅了していた。大きな眼で上目遣いに見つめる。小首をかしげて、目をクルクルと動かす。独特の身体のしな。ダジャレの切り返し。
小池は「カイロでは男性たちにとってアイドル的な存在だった」
小池はカイロにいる日本人女性の中で、とびぬけて若かった。それだけでも目立つ。その上、中東に興味を持ってカイロに留学してきた他の女性たちと違って、きわめて「普通の女子大生」らしい雰囲気があった。明るく、若さが弾んでいる。早川さんが回想する。
「百合子さんは仕草や表情が豊かで、相手の気をそらさない。目を大きく見開いて、じっと上目遣いに相手を見る。男の人は百合子さんをからかっては、彼女がどう切り返すかを期待して喜んでいた。ダジャレやギャグが次々と飛び出す。だから、カイロでは男性たちにとってアイドル的な存在だった」
その頃の小池は歯並びが悪かった。男性たちが、「おい、小池、お前、その歯でどうやってスイカ食うんだよ」とからかう。そんなことを言われても上目遣いでニヤッと笑って、愛嬌たっぷりに相手を言い負かした。
小池を訪ねる客への対応に追われる日々
早川さんは、次第に小池を訪ねてくる客のために、お茶を出したり、料理をつくったり、後片付けをしたりで1日が終わってしまうことへの不安や不平を日記に綴るようになる。夜は遅くなり、朝は小池と昼近くまで寝ているような生活になってしまった。日本人ばかりと会って、日本語を話してしまう。こんなことでいいのか、これでは何のためにカイロに来たのかわからないと日記で自問している。商社の男性たちに誘われて、小池が日中、ゴルフやテニスに出かけていくと、寸暇を惜しんで家でアラビア語のノートを広げた。
それにしても、これからカイロ大学に入学するというのに、こんなに勉強しないで大丈夫なのか。早川さんのほうが心配になった。というのも他の日本人学生たちが、いかに必死に勉強しているかを知っていたからだ。皆、難解なアラビア語にかじりついて格闘していた。