「お父さんがカイロ大学に入れるように頼んでくれている」
遠回しに早川さんは「勉強しないでも平気なの?」と尋ねたが、小池から返ってくる言葉はいつも一緒だった。
「いいの。だって、お父さんが、ドクター・ハーテムにカイロ大学に入れるように頼んでくれているから。それを待っていればいいの」
有力者のコネで入学させてもらえたとしても、入学後に備えて勉強しないで大丈夫なのか。だが、それ以上は言えなかった。
小池は家でノートも本も広げない。時間があると日本の歌謡曲をカセットで聞いていた。ひと言もアラビア語を話そうとしないことが、不思議だった。
そんな中で7月、再び勇二郎がカイロにやってきた。宿はいつも、ナイル・ヒルトンホテルと決まっていた。ヒルトンに泊まれるのに、なぜ、娘に仕送りをしないのか。子どもに自立を促すためなのか。だが、自立を促そうとする親ならば、娘を入学させるためにエジプトの要人に不正入学を頼んだりはしないだろう。
父親が泊まっているヒルトンから何かを必ず持ち帰ってきた
ヒルトンにいる父親に、小池は会いに行く。するとある日、白い大きな巾着袋(きんちゃくぶくろ)のようなものを手に提(さ)げて、アパートに帰ってきた。
小池はその巾着袋をテーブルの上に置くと、早川さんの眼をじっと見つめながら、無言で巾着の口を握っていた手を離した。
ガチャガチャと音を立てて巾着は四方に広がった。中から現れたのは、コーヒーカップ、皿、ナイフ、フォーク、シュガーポット……。すべてにヒルトンのロゴが入っていた。白い巾着はテーブルクロスだとわかった。父親とルームサービスを取り食器をテーブルクロスごと包んで、丸々、持ってきたのだと、小池は悪びれることなく早川さんに告げた。
驚く早川さんを小池は笑いながら見ていた。早川さんは言う。
「すごく驚きました。でも、私はそれも、お茶目でしたことなんだろうと思ったんです。いたずらのつもりでしたんだろうと。私、こんな悪いことだってできるのよ、驚いた? そんなふうに感じたんです」
だが、そう思おうとしても割り切れない思いが心には残った。
父親は娘がこんなことをするのを黙って見ていたのか。それとも父親が見ていないところでしたのか。あるいは父親が勧めたのか。
その後も小池は、ヒルトンに泊まる父親に会いに行くたびに何かを必ず持ち帰ってきた。早川さんは、次第にお茶目でやっているとは思えなくなった。ヒルトンのハンガーは、やがてクローゼットに入りきらなくなった。
(文中一部敬称略)
カイロ時代の結婚をめぐる顛末、「カイロ大首席卒業」とされている小池百合子都知事の学歴詐称疑惑などについて、詳しくは『女帝 小池百合子』をお読みください。