しかも、コロナ禍にあっては歯科領域の学術団体である日本歯科医学会連合の見解を踏まえ、エアロゾルの発生する切削器具の使用を最小限にとどめるなど、さらに高度な予防策を講じてもいる。
その甲斐あって、6月5日現在、歯科治療を通じての新型コロナウイルスへの感染例は1件も報告されていない。これは意外に知られていないことだが、もっと評価されてもいいように思う。ちなみに、現状でも歯科医療の現場では消毒用エタノールや手袋などの衛生用品の不足が続いている。次の波に備えて、国や民間からの支援が急がれる。
歯科離れは「身の病気や症状を生み出す」
コロナ禍に端を発する歯科ばなれに、小山氏は警鐘を鳴らす。
「口の健康の悪化だけでなく、その先にある全身の健康の悪化が心配されます」
歯科受診を控えることが“全身の健康”に影響する、という話には裏付けがある。近年の研究で、口腔内の疾患が全身疾患と深い関係を持っていることが明らかになってきているのだ。代表的なのが歯周病。国立長寿医療研究センター研究所口腔疾患研究部長の松下健二歯科医師に解説してもらう。
「歯周病とは、歯肉に炎症が起きる“歯肉炎”と、歯周組織に炎症が起きる“歯周炎”の総称。歯を支えている歯槽骨という骨が溶けていき、最終的には歯を失うことになる。国内の推定患者数は7000万~8000万人。40歳以上のおよそ8割の人が歯茎に何らかの異常がある、という報告もあります」
歯と歯茎の間にできる歯周ポケットに、プラーク(歯垢)が堆積していくことで歯周病は進行する。とはいえこれは、定期的な歯科健診と正しいブラッシングで予防ができる。適切な治療をすれば改善もする。しかし、歯周病は放置すれば確実に悪化するだけでなく、一見、歯とは無関係に見える全身の病気や症状を生み出す危険性を持っているのだ。
「脳梗塞、心筋梗塞、糖尿病、早産や低体重児出産、糖尿病などは、歯周病が原因や増悪因子となり得ることがわかっています」(松下氏)
歯周病の原因となる細菌が歯茎の内部から血管に入り込み、全身を巡ってこれらの病気を作り出すのだ。
マスク、手洗い、うがいと同じくらい「歯磨きと舌の清掃」は大事
他にも高齢者に多い「誤嚥性肺炎」は、口腔内の細菌が就寝中などに誤って気管支から肺に入り込んで炎症を起こす病気。平成29年の日本人の死因別の順位では7位にランクされているが、実際には5位の「肺炎」の中にも誤嚥性肺炎で亡くなった人は少なからず含まれていると見る呼吸器科医は多い。これも歯科での治療や口腔衛生指導(適切なブラッシングや専用のブラシを用いた舌の清掃など)で歯周病菌を減らすことで、発症のリスクを大幅に下げることが可能だ。