21世紀のピカソか、はたまたビートルズのような存在か。

 好悪はあろうが、彼が時代を代表する表現者であることは間違いない。

 英国出身のアーティスト、バンクシーのことである。

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マントをつけた医療従事者の人形で遊ぶ男の子

 このコロナ禍の最中に、アートの世界で最も大きな話題をさらったのは、彼の新作発表だった。絵画作品《Game Changer》が、コロナ患者の治療に全力であたっていた英国サウサンプトン総合病院に飾られた。そのビジュアルは彼自身のインスタグラムでも発表され、世界中の人の目に触れることとなる。

 その絵柄がどんなものだったかといえば、画面に大きく描かれているのは人形で遊ぶ男児。彼の手には、マントをつけた医療従事者の人形が握られ、掲げられている。かつてお気に入りだったのだろうバットマンやスパイダーマンの人形は、オモチャ箱の中に捨て置かれたまま。

 命を賭してコロナに立ち向かう人々こそ、現代のヒーローである! 

 そんな人々の意識の変化を、一枚の絵に象徴的に表しているのだ。ただし、これが手放しの称賛なのかどうか……。

 今だけ都合よく医療従事者をヒーローに祭り上げ、彼らに犠牲を強いているだけなのではないか、私たちは? 困難が喉元を過ぎれば、男児の手で掲げられるのはバットマンであり、今度は医療従事者人形が捨て置かれるのでは? そんな皮肉を読み取ることもできる。

©AFLO

 いずれにしても、世の中の支配的な空気を敏感に察知して、絵画に落とし込んでいることはたしかだ。

 時代としっかり結びつくバンクシーの創造行為は、どこか20世紀の偉人たちを思い起こさせる。たとえば、かつてスペイン戦争の惨禍を知って激昂し、悲劇的感情を描き留めた大作《ゲルニカ》をあっという間に描き上げたピカソ。または、社会の歪みを背負い込んで鬱屈とする若者たちの気持ちを代弁するかのように、ビートを刻みシャウトして新しい音楽を生み出したビートルズのような。

ストリート・アートの第一人者として

 バンクシーによる今作はしかし、彼の表現としては少々異質だ。額縁に入って室内に飾られているからである。

 というのも彼は、そもそもロンドンに拠点を置くとは言われるものの、それ以上の情報は明かさない匿名アーティスト。そして1990年代からのキャリアの大半は、世界中の街角に無許可で絵を描き残すストリート・アーティストとして過ごしてきた。快適な室内空間でぬくぬくと眺める作品をつくってきたわけではないのだ(美術館での展示経験がないわけではないけれど)。

 まあ今作が置かれたサウサンプトン総合病院も、「快適でぬくぬく」な状況だったわけではなく、それゆえバンクシー作品が飾られたとはいえるかもしれない。