江戸時代や室町時代、時の権力者に仕えて絵を描く「御用絵師」と呼ばれる絵師たちがいた。こうした絵師たちによって当時、城や寺社にいくつもの大きな障壁画などが描かれてきたが、その現代版とも言える試みが、現在京都で進行している。

 日本最大の禅寺である妙心寺の塔頭(境内の小寺)、退蔵院で2011年に始まった「退蔵院方丈襖絵プロジェクト」である。その絵師に選ばれ、退蔵院の本堂(方丈)に入れる76面の襖絵を完成させるために、いまも絵を描き続けているのが、現在33歳の村林由貴である。

村林由貴氏 ©吉田亮人

寺に住み込み、禅の修行をしながら描く

 私が初めて村林に会ったのは、プロジェクトが始まって間もない、2011年夏頃のことだった。これから妙心寺に何年も住み込んで、禅の修行をしながら襖絵70面超を描いていく、しかも、400年前に狩野派の絵師・狩野了慶が描いた重要文化財の襖絵に代わるものを、ということを聞いて、そんな大役を引き受けた若い女性はいったいどんな人なのだろうかと興味が湧き、会いに行ったのが最初だった。

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 彼女は当時まだ24歳。京都造形芸術大学(現・京都芸術大学)の大学院を修了したばかりのころで、明るく柔らかな雰囲気の中には学生らしさを残していた。しかし話すほどに、この重要な役目を担いながらも重圧など感じていなそうな落ち着きと、自分はこの襖絵を描き上げるのだという揺るぎない信念を持った人物であることがはっきりと見てとれた。

退蔵院の襖絵を描く前段階として、同じく妙心寺の塔頭である壽聖院の襖絵を制作する村林 ©吉田亮人

 それまでアクリル絵具を用いて絵を描いてきた彼女にとって、水墨画は初めての経験だった。その技法を自分で体得していくとともに、彼女は、600年の歴史を持つ退蔵院にふさわしいモチーフを自ら見つけていくことを求められた。

 退蔵院の本堂は、76面の襖によって5つの部屋に分けられる。その5部屋を「五輪」、すなわち、仏教において万物を構成するとされる5つの要素、地・水・火・風・空で描き分けるというテーマだけが決まっている。そのテーマのもと、いったい何を描くべきなのか。彼女なりの答えを見つけて絵を完成させるために、村林は、20代半ばの生活のすべてを賭して、禅の世界を生きる決意をしたのである。