吉村府知事・小池都知事との“連携”
黒子に徹していた西浦は、目立つことをやり始めた。3月19日、大阪府知事の吉村洋文が3連休中の兵庫県との往来自粛を府民に要請したが、根拠となったのが西浦作成の試算だった。3月30日には東京都知事、小池百合子の会見にも陪席し、指数関数的な感染者数の増加の兆しがあること、孤発例のうちキャバクラやバーなど夜の街での感染が疑われる例が30%になることを明らかにした。
その語り口の明晰さに目をつけた小池は、都のウェブサイト上で始めた動画会見にしばしば西浦を同席させるようになる。「8割おじさん」と最初に呼んだのは押谷だが、その愛称とともにたちまち政治的なアイコンに押し上げられていく西浦のことを側にいて最も憂いていたのも、押谷だった。
緊急事態宣言が始まって1週間後の4月15日――西浦は現在まで物議を醸すことになる試算を明らかにする。「何も対策を打たなければ死者は42万人になる」との内容だ。
「これはあんた1人には背負えないんじゃないか」
厚労省の官僚は「クラスター対策班として言うんじゃなくて、個人として言うんだよね」と確認するだけ。対策の必要性を理解してもらうために、最悪の事態について説明するべきだという西浦の訴えに正面から向き合おうとはしなかった。
1人でやるしかないんだ、と孤立感を深めた西浦に対し、「これはあんた1人には背負えないんじゃないか」と本気になってくれたのは、ほかでもない押谷だった。「これは首相が言うべき筋の重い数字だ」「調整が整わないならこの国はもう駄目なんだ、駄目になっても言わない方がいいんだ」と――。
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彼らのぎりぎりの対話の帰結はどうなったか。私は尾身、押谷、西浦を中心に、彼らとともに感染症と向き合う最前線の責任を担った者たちに取材を重ね、「文藝春秋」7月号(および「文藝春秋 電子版」)に「ドキュメント 感染症『専門家会議』」と題して寄稿した。政治と科学の間のどこに境界線を置くべきなのか。政策決定の中枢に集った者たちの、表では語られない葛藤を、新型コロナ対策の「創世記」として残しておきたかったからだ。
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ドキュメント 感染症「専門家会議」