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2020/07/03

偶然のきっかけから……中島の12年

 2008年のドラフト会議でファイターズが福岡工業高・中島卓也を指名することになったのは、当時の岩井隆之スカウトの眼力によるものです。ただ、これは安倍昌彦氏が何度も書いているように、偶然のきっかけからでありました。2011年の安倍氏の単行本『スカウト魂 たたき上げの詩』では岩井さんは福岡工業高のエース三嶋一輝を見に行っていたと書かれていますが、2015年6月9日付の安倍氏のNumberWebコラム「マスクの窓から野球を見れば」では、《相手チームのバッテリーを見に行った試合》という岩井さんの言葉が引かれています。どちらにしても《目当ては中島じゃなかったんだ》というのが12年前の岩井さんでした。しかし次々とショートゴロをさばく中島少年の動きは、自身が名ショートであった岩井さんの目にとまります。

《何日かして、今度は練習を見に行った。ショートのフィールディングを見に来ましたと言ったら『ええっ、ピッチャーじゃないんですか?』って、監督、びっくりするんですよ。ほかはノーマークだなって、ちょっとホッとしてね》(『スカウト魂 たたき上げの詩』より)

 今日スカウトが来ていたぞと監督から言われた中島少年は、ああ三嶋を見に来たのか、でも何で自分に言うんだろうと思った、という記事を読んだことがあります。いやおまえを見に来ていたんだよと聞くその瞬間まで、高校からのプロ入りなど彼は考えてみたこともなかったのかもしれない。それを思うと、いつも不思議な気がしてくるのです。

 1軍初出場は3年目の2011年4月20日のことでした。それから10年かけてたどり着いた1000試合目。守備はよくても打撃が非力過ぎると高校の監督にも思われていた少年が、平均引退年齢の29歳も平均在籍期間の9年もクリアして、長いプロ野球の歴史の中でも彼以前に504人しかいない1000試合出場を成し遂げた。これは静かな快挙でありましょう。

 このあと試合は結局双方譲らず、1-1の引き分けとなりました。試合後のTLの雰囲気はいたって和やかなもの。投手陣が皆好投して負けなかったんだからナイスゲームだったよねという明るさの中、うわっち卓ちゃんおめでとうと2人の笑顔を並べたイラストや、中村勝・高梨裕稔など元チームメート達からの祝福ツイートが次々と流れてきました。

 勝たなかった試合でも、こんな風になることがあるんだ。楽しそうにさざめいて。別に誰も何の無理もせず、心から嬉しそうに。

 2020年6月30日。ファイターズの新しい記念日です。

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