『アイネクライネナハトムジーク』での三浦は、それまで様々な役を演じてきたなかで、最も地味な役といってもいいかもしれない。平凡なサラリーマンで、つきあって10年経った恋人(多部)との結婚を考えながらも、その真剣な気持がなかなか相手にうまく伝わらない。派手なアクションも、ハードな設定も、劇的なセリフもないけれど、三浦春馬はそこにしっかり存在していた。劇中では、バスが登場するが『君に届け』のオマージュだろうか。三浦春馬がこのバスを追いかけて走るシーンが印象的だった。
振り返ると、三浦春馬はいつも風のように勢いよく走ったり、自転車を漕いだりしている。私にはそれが彼の真骨頂でもあり、生命の輝きそのものにも見えた。『恋空』では彼が演じたヒロは新垣結衣演じるヒロインに「川」「激流」のようだと表現されている。まさにそんな感じで、間欠泉のような若いエネルギーが作品の求心力になっていた。
さらなる成長を見据え、ミュージカル・歌手活動にも挑戦
動けるけれど脳みそ筋肉ではなくクレバーな役も似合い、ドラマ初単独主演作で、シーズン2まで作られた『ブラッディ・マンデイ』(08、10年 TBS系)では天才高校生ハッカー役を演じた。どの役を演じても圧倒的な彼のそのエネルギーは、カットを細かく割って撮る映画やドラマでは出しきれなかったのではないか。ノンストップの舞台に出たら、広野に放たれたように生き生き暴れまわっていた。地球ゴージャス『星の大地に降る涙』(09年)、『海盗セブン』(12年)、劇団☆新感線『ZIPANG PUNK~五右衛門ロックⅢ』(12年)と大舞台に負けないダイナミックな動きだった。
読売演劇大賞優秀男優賞、杉村春子賞を獲ったブロードウェイミュージカル『キンキーブーツ』(16年、19年)ではドラァグ・クイーンを演じ、腕を高く掲げたときのスケール感は欧米でも通用しそうであった。今年は既に、コロナ禍で公演数が大幅に縮小されたミュージカル『ホイッスル・ダウン・ザ・ウィンド~汚れなき瞳~』主演、続いて12月からは映画『幻影師アイゼンハイム』を原作にした世界初演『The Illusionist―イリュージョニスト―』にも主演予定だった。
前述の『地獄のオルフェウス』(15年)や、“人類が救われ、その行為が必要ならば、法を犯す権利があるか否か”を問うドストエフスキーの『罪と罰』(19年)などの翻訳劇にも挑み、この頃から若さの象徴というだけでない、俳優としてのさらなる成長を見据えていたように感じられる。