1ページ目から読む
2/2ページ目

 続く登板だった同24日の西武戦でも連続ホールドを挙げ、いよいよ完全復活が見えた。

 そのはずだった。

 少なくともファンはそう信じていた。だが、岩嵜は違った。自分の投球に疑いを抱いていた。

ADVERTISEMENT

「右足一本で立った時の感覚というか間合いが、以前のものと合わなくなっていた。頭で考えていることと実際の動きの誤差が大きい。でも、一軍の試合で言い訳なんて出来ないから、とにかく自分の力だけで抑えに行っていたんです」

 悪夢は2つ目のホールドから2日後、6月26日の西武戦、4対3でリードした8回にマウンドに上がったが、1死満塁のピンチを招いた。ベテラン栗山巧を一ゴロに抑えて2アウトまでこぎつけたが、木村文紀に149キロの直球をまさかバックスクリーン左に運ばれる逆転満塁ホームランを浴びたのだ。試合はそのまま4対7で敗れた。

 さらにその翌日だ。2点リードの7回、工藤公康監督はまた岩嵜をマウンドに送った。「嫌なイメージを早く払しょくしてほしい」という親心だったのだが、2アウトから山川穂高に逆転3ランを打ち込まれてしまった。

 その後の登板でも精彩を欠き、防御率15.88という信じたくない数字だけを残して、7月9日に出場選手登録を抹消されてしまった。工藤監督はその決断について「考えすぎちゃっているところもあるので、時間を空けてあげた方がいいかなと思いました。まだシーズンは長い。彼の中で整理した上でやってみるというのも一つの方法。投手コーチとも話をして、抹消することに決めました」と説明した。

8月9日のウエスタン戦に登板した岩嵜翔 ©田尻耕太郎

異例の調整を経て、久々の実戦マウンドへ

 それから約1カ月、岩嵜の名前が報じられることは全くと言っていいほどなかった。コロナ禍で取材が制限されていることも要因だが、実力も人気もある岩嵜のことを気にかけていたファンは多いはずだ。

 8月9日、ファーム拠点のHAWKSベースボールパーク筑後。その日行われたウエスタン・リーグの中日戦を取材に行くと、7回のマウンドに岩嵜が上がったのだ。

 最初の打者、伊藤康祐への初球は146キロの直球でストライク。2球目はボール球だったが、152キロを計測した。最後はライトフライで打ち取った。続く石岡諒太は151キロで見逃し三振。そして岡林勇希はセンターフライで3アウト。勝負球はすべてストレートで、1回を打者3人できっちり片付けてみせた。

 この登板。じつはファーム降格後初めての実戦マウンドだった。どこかを痛めてリハビリ組に行っていたわけではない。ずっと二軍にいたのに1カ間も試合で投げていなかった。異例の調整だったのだ。

「ここを目標にしていたわけではなくて、遠征先に行ったら雨に降られたり、コロナの影響で中止になったり、そもそもファームは(リーグが奇数編成で)試合が少なかったりと様々な理由が重なったんです。でも、一から作り直すというか、もう一度フォームを見直しました。一軍にいた時は自分の中で意識をするポイントがないフォームのまま投げて、ただ力んで投げてという悪循環でしたから」

 修正ポイントも「言葉で説明するのは難しい」と苦笑いしたが、「一軍の時、明らかにおかしかったのは右足一本で立った時、景色が狭く見えちゃう時があったんです。それを少しずつ解消していって、今はいい意味で余裕がある中で投げられています」と解説してくれた。

 何より、岩嵜らしい柔和な明るい表情が戻っていた。マウンド上の岩嵜と普段の彼は全く別人だ。

「今日は良い感じで投げられました。もう少し出力も上がってくると思います。もう一歩、前に進める感覚があるんです。投げているボールの軌道を見れば、投げていて楽しい感覚も今はあります」

 本拠地PayPayドームで岩嵜が登板する際に流れる登場曲は、ミスターチルドレンの『足音~Be Strong』。また一歩、次の一歩……岩嵜は戻るべき場所に着実に近づこうとしている。

◆ ◆ ◆

※「文春野球コラム ペナントレース2020」実施中。コラムがおもしろいと思ったらオリジナルサイト http://bunshun.jp/articles/39266 でHITボタンを押してください。

HIT!

この記事を応援したい方は上のボールをクリック。詳細はこちらから。