スコアブックを「K」が埋め尽くす。まだ試合序盤ながら思わず「1、2、3……」とカウントしてしまう。5回を終えた時点でその数は11まで積み重なった。それまで2安打を含め、打者18人と対峙し前に飛んだ打球は6度のみ。もちろん無失点。相手はリーグ首位を独走する巨人だ。これを「圧倒」という他ない。マスクの下で密かに「すごいな……」「えぐい……」と連呼してしまっていた。マウンドで腕を振っていたのは、阪神タイガースの3年目・高橋遥人。コンディション不良から回復し、甲子園での伝統の一戦が今季初登板になった。

3年目の高橋遥人

チーム内外をうならせる魅力たっぷりの24歳

 記者のくせに「陳腐」「抽象的」と言われてしまいそうだが、左腕を表現する時、「ワクワクするピッチャー」と口にすることが多い。“身内”の証言の数々もその理由だ。「ハルトのまっすぐは別格」「隣で投げるのが嫌」……。そんな声は枚挙にいとまがない。プロも驚嘆させる豪球。今年1月に聞いた言葉が印象的だった。同郷の岩崎優と静岡で行っている自主トレを取材した際、キャッチボール相手を務めていた先輩左腕は、グラブをしていた右手をしきりに振って痛がりながら「こいつのボールが一番ですよ」と深くうなずいていた。

 チーム内外をうならせる魅力たっぷりの24歳。そんなポテンシャルを秘めた青年は、マウンドという“舞台”に上がれば見る者の心を躍らせるパフォーマンスを見せつける。だからこそ、じれったい。ずっと見ていたいのに、叶わない。今年も待つ時間が長かったから、その投球はより鮮烈に映ったのかもしれない。タテジマのユニホームに袖を通して今年で3年目。1軍で快投を披露する一方、故障に苦しむ時間も刻んできた。

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 18年はルーキーながら、その能力に惚れ込んだ前監督、金本知憲の抜てきで開幕直後からローテーションを任された。触れ込み通りの力を発揮していたものの、左肘痛を発症して6月中旬に戦線離脱。結局、その年は2軍戦も含めて1度もマウンドに上がることはできなかった。「みんなが野球やってる時に自分は何をしてるんだろう」。当然ながら、そんな状況に本人は悔しさ、怒り……いろんな感情を抱いては必死にかみ砕いてきた。

 あの年、1軍を離れて数カ月が経ったある日。リハビリ拠点の鳴尾浜球場には秋の訪れを告げるトンボが飛び始め、誰の演出かグラウンドには森山直太朗の名曲「夏の終わり」がBGMとして流れていた。トレーニングを終え、ウエートルームから出てきた高橋が、足を止めた。その音色を聞くとグラウンドに一歩足を踏み入れ「夏の終わり~夏の終わりには……」とサビの部分を口ずさんだ。そして「夏、野球やってねぇ……」と自虐的に突っ込んだ。記者の存在に気づいて苦笑いを浮かべて寮に消えていった後ろ姿にはマウンドから離れている日々のもどかしさがにじんでいた。

 苦しんだ1年目を糧に昨年は5月から昇格し、シーズンを戦い抜いた。今年は初めて参加した沖縄での1軍キャンプも無事に完走。矢野燿大監督も1人の若手としてではなく、先発の柱として期待。本人もスタートから駆け抜ける準備をしっかりと整えていた。しかし、コロナウイルス感染拡大の影響で開幕は延期となり、チームは感染者も出たことで約3週間に渡って活動休止。異変はそんな空白の時間に起こった。