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ベイスターズ・山下幸輝の気合いと根性を見て思い出す、30数年前の“背番号59”

文春野球コラム ペナントレース2020

2020/08/20

「よし、しのいだ!」

 原稿を書きながらアプリの速報をチラ見していると、思わずそうつぶやく場面が多い昨今のベイスターズ。一昨日(8/18)勝った試合も昨日(8/19)引き分けた試合もそうだった。リードしてても楽な展開なんてまったくない。

 そして、何度見ても心臓に悪いケガ人の知らせ。オースティンと今永は登録を抹消され、腰痛のパットンもベンチ外。ソトは病み上がりだし梶谷にロペスも満身創痍。好調の宮崎が手首に死球を受けた時は全ベイファンの脳裏に一瞬「長期離脱」の文字が浮かんだ。ひたすら連戦続きでもまだ52試合しか消化できず、あと3か月弱で68試合こなさないといけない中でこの状況。それでも20日現在26勝23敗3分けの2位。苦しいなりに、しのいでしのいで、毎試合しのぎまくって首位巨人に離されまいともがいている。

 今季は昨年以上に全員で戦っている感がある。34歳井納がローテを守り、平田がワンポイントで投げ、石田と三嶋が終盤を抑え、梶谷と神里が交互に1番の役割を果たす。中井や倉本は先発起用でも期待に応え、日替わり捕手陣も高城が3本塁打、嶺井は高打率をキープし、戸柱もここ一番で走者を返す。開幕時に誰が純国産打線で戦う展開を予想しただろうか。そんな中でいぶし銀の輝きを放つのが山下幸輝。僕らは山下が出てくると「何かやってくれるんじゃないか」と期待に胸を膨らませる。打席に入る前にピョンピョン跳ね、フルスイングが空を切れば「おあーっ!」と雄叫び。その一振り一振りに気迫を感じるのだ。守備に向かう表情は生き生きとし、一塁に入れば往年の松原誠ばりのタコ足で捕球する。ここまで19打数7安打の打率.368。数字以上に山下の存在感は大きい。

いぶし銀の輝きを放つ山下幸輝

 2017年、守りでミスを連発して二軍落ちし、地獄を見た末に翌年の楽天戦で巡ってきたその年の一軍初出場。同点の9回裏2死2塁で代打起用され、「これが最後のチャンス」と決死の覚悟で見事サヨナラ打を放った山下。その苦労を知るナインから水をかけられまくり、ビショビショでお立ち台に上がった男は「去年凄く辛い思いをしたので……」「もう喋れないです……」と涙にむせんだ。しかし昨年は一軍出場ゼロ。大卒入団で5年目。正直戦力外がちらついても不思議じゃない。その意味では今年が真のラストチャンス。いい意味で開き直り、野球を思う存分満喫しているのが画面越しにも伝わってくる。

32年前にラストチャンスでレギュラーの座を掴んだ男

 山下幸輝のプレーを見ていると、32年前にラストチャンスをものにしてレギュラーを勝ち取った、似た背格好の左打者を思い出す。46→59と大きな番号をつけ、のちに同じく46番を背負った三浦大輔の前に「番長」と呼ばれた山崎賢一である。

 1980年のドラフト外。と言ってもドラフト候補ですらなかった高卒の無名外野手で、テストを受け、当時の別当薫監督に打撃を評価されて大洋入りした山崎。それでも最初の4年は一軍入りどころかファームでもロクに打てず、81~84年の打率はそれぞれ.200、.200、.212、.219。85年の選手名鑑に「別当元監督の置きみやげ」と書かれたものの、いつ整理されても不思議じゃない数字だ。

 入団時のアンケートで「他の人に絶対負けないものは?」との問いに「努力、根性」と書いた自他ともに認める頑張り屋は、そんな成績でも神からも、そして首脳陣からも見捨てられなかった。84年のシーズン中、山崎は打撃コーチを兼任していた基満男の勧めで特大のグリップエンドとこれまた太い先端部を持つ「こけしバット」を使い始め、それまでの振り回すバッティングからミート打法に切り替えたことで光明を見い出す。翌85年に機動力野球を掲げる近藤貞雄監督が就任し、その年ファームで打率.324、22盗塁と急成長を遂げた山崎はJ・ホワイトが8月に解雇されたのを機に一軍昇格を果たし、初安打と初本塁打を記録する。