江戸人の「心情の歴史」が浮かび上がる
浮世絵は当初、墨一色の墨摺絵として始まった。このジャンルの「祖」とされる菱川師宣の作は、派手な色合いこそないものの、独特の形態把握力と線の面白さで、観る者の眼を強烈に惹きつける。
時代を経るにつれ墨だけでなく紅、黄、藍などの色が盛んに用いられるようになり、奥村政信や鳥居清信ら名手も続々と輩出された。
18世紀も半ばを過ぎる頃には、浮世絵は多色摺りの時代を迎える。鈴木春信が可憐な美人画を作るようになり、その様式を多くの浮世絵師が真似るようになっていく。
18世紀後半には、大首絵と呼ばれる半身像が現れる。喜多川歌麿の美人画、東洲斎写楽の役者絵などでは顔の造作がよくわかり、描かれている人物の個性をくっきり表現することができるようになっていった。
19世紀に入ると浮世絵表現も多様化の一途をたどる。葛飾北斎の「冨嶽三十六景」シリーズや歌川広重による「東海道五十三次」シリーズがヒットし、浮世絵を通して風景を楽しむ風習が広まった。また歌川国芳は武者絵を得意とし、物語世界で活躍するヒーローの姿を画面にありありと浮かび上がらせたのだった。
これはまさに浮世絵界のオールスター登場といった趣。時間をかけてひと通り展示を巡ると、江戸時代のことなら手に取るようにわかる気がしてくる。いや、日本史の試験に出るような年号や偉人の名前についての知識は大して増えない。けれど、江戸時代を生きた人たちが何を好み、どのように生活を味わい、どんな風俗習慣に夢中になっていたのか……。そうした江戸人の「心情の歴史」には、かなり詳しくなれるはずなのである。