この夏から秋にかけて、横浜がアートに染まっている。横浜美術館や赤レンガ倉庫を舞台に国際芸術祭「ヨコハマトリエンナーレ2017」が繰り広げられているから、というのが最大の理由なのだけど、それだけじゃない。ヨコトリ(とファンは略したりする)会場からもう少し奥まった地域で、「黄金町バザール2017」も開催中だ。

撮影/筆者

高架下に突如として現れる作品群

 観光地として常時たくさんの人を集める、みなとみらい地区で開かれるヨコトリが表の顔とすれば、同じ芸術祭といえども黄金町バザールはいわば裏の顔。古くからの歓楽街で昨今は地盤沈下が著しい黄金町界隈は、横浜の中でもかなりディープな土地。その中心を走る京急線の高架下などを会場に、街のそこかしこにアートが置かれている。

 日ノ出町駅と黄金町駅の間をぶらぶら歩いていくと、突如として会場が現れて驚く。空き地のような場所にぽつりと展示されているのは、地主麻衣子《新しい愛の体験》。映像やパフォーマンス、オブジェなどを置き空間全体を作品化するインスタレーションと、あらゆる手法を用いて「新しい種類の文学」を提唱するのが彼女の作品。今回は、タイ人女性と作家本人がカメラを介して対話するさまを収めた映像を中心につくり上げられている。愛について話す2人のやりとりは、たいして噛み合っていなかったりして、どうにもチグハグな印象。でもそれが、予定調和じゃないナマのコミュニケーションを見せつけられるようで、妙に惹きつけられる。

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 すぐ近くには、松蔭浩之の《Can’t Find My Way Home》がある。長年撮り続けている女性の肖像写真を幾点も展示したもののひとつだ。切実な表情を見せている女性たちの姿からは、一人ひとりの抱える欲望までにじみでているかのよう。美術館やギャラリーのような整った場に置かれていないことが、この作品には似つかわしく感じる。

松蔭浩之の《Can’t Find My Way Home》

もしもラブドールが妊娠したら?

 黄金町の一帯では日頃から、空き物件などを利用して、多くのアーティストが滞在制作をしている。アートと地域との関わりが日常的にあって、その延長線上に年に一度のお祭りとして黄金町バザールがある。今年で10回目を数え、すっかり定着した行事として存在している。その普段着感覚が、他の展示にはない魅力である。さらには、まだキャリアの浅いアーティストが参加することもしばしばで、思いがけない作品と出合い、発掘できる楽しみもある。

 今回の展示でいえば、菅実花《未来の母》のインパクトが大きい。大きく引き伸ばされた写真作品。そこに写っているのは、妊婦のヌード。ただし、異様に整った顔立ちやつるんとした肌には、どこか違和感がある。よくよく見れば、彼女たちは生身の女性ではなく、性的玩具として使われるラブドールだった。

菅実花《未来の母》

 数年来取り組んでいるというこのシリーズで菅は、「もしもラブドールが妊娠したら」という問いを、視覚化して私たちに提示してくれた。未来を見通すのはアートの得意技の一つ。菅はここで、未来の母に対するビジョンを探究している。

 AIや医学がこのまま発展すると、早晩、人間の生殖に対する捉え方にも変化が起こりそう。ラブドールのようなヒト型の造形物が子を産むことだって、何らかの形で起こり得るんじゃないか。そんな「これからの状況」を、菅実花作品は先取りして見せてくれる。奇しくも展示されている場は、かつて違法風俗店が軒を連ねていた地域。性のあり方に考えを巡らせるには、もってこいのシチュエーションだ。

 散歩がてらひと巡りすれば、アートがこれまでよりも、ぐっと身近に感じられる。