8月21日、金曜夜の東京・銀座コリドー街。

 小池都知事は飲食店に対して夜10時閉店の時短営業を要請しているが、300メートル続くこの通りでは夜11時半を過ぎても開いている飲食店があり、そして路上には若い男女が溢れていた。

“大人の街”から若者のナンパ・スポットへ変貌した銀座コリドー街

 男も女も2人組、3人組が多く、マスクを付けないか、顎まで下げている人ばかり。Yシャツに黒のデイパックという同じ格好の男4人組は立ち止まって周囲を“物色”し、暑さのためかTシャツをまくりあげて歩いていたり、ハーフパンツの男もいる。女性だけで歩くとすぐに男たちが声をかけ、話が弾む。路上に座り込んでいる女もいた。

ADVERTISEMENT

“ミタパン”こと三田友梨佳アナ ©時事通信社

 数年前から、銀座コリドー街は週末になると若者のナンパ・スポットになり、飲み放題で出入り自由のバーやクラブ音楽を流すお店ができて、“大人の街”は景色が一変した。

 若者が増えたことを歓迎する声がある一方で、嫌がる人も少なくない。

 近隣でバーを経営している男性はこう話す。

「ナンパ目当ての若い人たちは男も女もお店にほとんど入らず、路上でたむろしているだけで、コンビニでチューハイを買って飲んでいる人もいる。明け方に路上で寝込んでいる女性を見たこともあります。銀座の客層とは明らかに違うし、ウチの女性の常連客は、外で声を掛けられるのが嫌で来なくなりました」

22時2分 暑さでTシャツまくり上げた男

 銀座コリドー街もコロナ禍で人通りは絶えたが、早くも若者が再び溢れるようになったのだ。

「ここは明治座の“利権”なんです」

 銀座コリドー街には意外な歴史がある。

 近隣で居酒屋を長く経営している男性は、「ここは明治座の“利権”なんです」と話す。

 明治座は江戸時代の芝居小屋を源流として、帝国劇場・歌舞伎座と並ぶ日本橋の老舗劇場である。戦時の東京大空襲で焼失した後、地元有力者らが再興に立ち上がり、その1人が、ミシュランで3つ星を獲得した老舗料亭「濱田家」(人形町)の2代目・三田政吉氏だった。

22時6分 バーに入ろうとする女の子たち

 政吉氏はその後社長に就任して明治座の“顔”となり、06年に亡くなった時に築地本願寺で営まれた葬儀は、石原慎太郎都知事(当時)が葬儀委員長を務めて5000人が参列した。

 明治座は三田家が大株主となり、現在、濱田家も明治座も長男の三田芳裕氏に引き継がれている。