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西口文也が語った、3度のノーノー未遂が「全然悔しくない」理由

文春野球コラム ペナントレース2020

2020/09/18

 ライオンズの背番号13、髙橋光成投手が9月8日にメットライフドームで行われたオリックス戦で9回無死まで無安打の好投を見せ、ノーヒットノーランにあと一歩まで迫りました。

 試合後に引き合いに出されたのが、元背番号13で投手コーチの西口文也さん。現役時代にノーヒットノーラン未遂が3度もあるからです。バラエティ番組でも“哀しい勝利”として取り上げられ、覚えている方も多いと思います。

 僕(あさりど・堀口文宏)にとって、西口さんのノーヒットノーラン未遂は“ライオンズ未解決事件簿”の一つでした。果たして本心では、どう感じているのか。どうしても聞きたくて、去年、取材を申し込みました。

髙橋光成と西口投手コーチ ©中島大輔

ノーノー未遂は「全然悔しくない」

 1回目の未遂は2002年8月26日、西武ドーム(当時)での千葉ロッテ戦。まだライオンズは1塁側をホームとしていて、僕は1塁側のブルペンの横あたりで見ていました。

 8回くらいから球場がざわざわし始めて、9回2死まで来ました。スタンドがワーッと盛り上がって、絶対決まるぞという雰囲気のなか、みんな食い入るように前のめりで見ていました。

 バッターは小坂誠さん。フライが上がり、セカンドとセンター、ライトのちょうど真ん中くらいに飛んでいきます。無情にもボールは3人の間に落ち、記録はセンター前ヒット。西武ドーム中から、「あぁ~」というため息が漏れました。

 結局、西口さんは完封勝利を飾りましたが、9回表ツーアウトまで6対0で勝っていたんです。打球がちょうど3人の間に落ちるなら、誰か1人が突っ込んでもよかったんじゃないか。もし後ろに逸らして、俊足の小坂さんが還ってきてランニングホームランになったとしても、1点追い上げられるだけです。そう思って後日、親交のあったセンターの赤田将吾さんに、「突っ込めなかったものですか?」と聞きました。

「いや、堀さん。体がガチガチで、動けるわけないじゃないですか」

 僕は、「ですよね」としか返せませんでした(笑)。

 それから17年後の去年。赤田さんの話を伝えると、西口さんは「ハハハハ」と笑ってこう言いました。

「そもそも打たれた僕が悪いので。守ってくれた人は一生懸命やってのことなので、何とも思わないです」

 いや、でも、9回2死まで来て、あと1アウトですよ。しかも捕れるかもしれない当たりで、悔しくなかったのでしょうか? 

「いや、全然悔しくない。だって、もともとノーヒットノーランなんて、できると思ってないから。ノーヒットノーランをやろうと思って、マウンドに上がったことなんて一度もない。たぶん、ピッチャーはみんなそうだと思うけど」

 確かに、ノーヒットノーランを狙ってマウンドに上がる投手はいないのかもしれません。じゃあ、西口さんのモチベーションは何なのか?

「完封です。マウンドに上がったときから、全部の試合で完封しようと思っています。この試合、完封できているでしょ? だから全然悔しくないです。なんなら嬉しいですよ。完封勝利だから。ただの勝ちじゃないから」

 飄々というか、肩透かしというか。じつに、西口文也らしい答えでした。