昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

「球の速さでは勝てない。だから自分の良さを…」ロッテ・佐々木朗希と同期入団、横山陸人の思い

文春野球コラム ペナントレース2020

2020/09/26

「皆さんは見ていなかったかもしれませんが横山もいい球を投げていましたよ」

 2月13日の石垣島キャンプ最終日。吉井理人投手コーチは練習後の記者囲みでニヤリと笑いながら目を細めた。この日は令和の怪物の異名を持つルーキー・佐々木朗希投手が初のブルペン入り。ブルペンにはメディアが大挙、押し寄せていた。

 そして同じくしてもう一人の高卒ルーキーも初めてブルペン入りした。横山陸人投手。専修大松戸高校からドラフト4位で指名された若者はキャンプでは怪物ルーキーと同部屋。同じメニューをこなし、この日に晴れてブルペンデビューをした。

横山陸人 ©千葉ロッテマリーンズ

「端っこでもいいから少しでもテレビに映ったらいいなあ」

「マスコミが沢山いて凄い光景でした。端っこでもいいから少しでもテレビに映ったらいいなあと。ちょっとでも知名度アップになったら嬉しいなあ。そんな感じでした」

 その時のことを横山は控えめに振り返る。カメラは佐々木朗の一挙手一投足を追っていた。残念ながら隣で投げるサイドスロー投手がクローズアップされることはなかったが吉井投手コーチが記者に嬉しそうに話したように異様な空間の中で堂々とキレのあるボールを投じていた。それは佐々木朗にも勝るとも劣らないほど未来への希望を感じるものだった。 

「(佐々木)朗希の球が速いのは知っている。そこはもう勝てない。だから自分の良さを出そうと思っています。サイドスローならではの良さをしっかりと出していきたいと思っています」と横山。冷静に自己分析を行い、自分の道を模索していた。佐々木朗希の名は高校時代からメディアを通じてよく知っていた。ただイメージをしていた令和の怪物と、実際に同部屋となり、話をする機会も増えた彼は別物だった。

「スポーツニュースではいつも名前が出て来て雲の上の存在だった。テレビで見ていると固くて真面目な性格なのかなあと思ったけど実際に接するとゲーム好きな普通の同じ年の友達と一緒。話がしやすかった。でも横で見ていてもマスコミに毎日、追われて大変だなあとは思いました」(横山)