1ページ目から読む
2/2ページ目

FA制度の最大の闇

 2018年オフ、FA宣言して巨人に移籍した炭谷銀仁朗の人的補償で、内海は西武にやってきた。自身もFA権を保有している中での“強制移籍”だった。

 西武を取材する立場からすれば、過去2度の最多勝左腕が新天地で復活できるのか、興味深いテーマに感じた。何より、あの1球の続きを追いかけることができる。

 ただし、内海の胸中は察するに余りある。2000年にオリックスの1位指名を拒否して東京ガスに進み、3年後に自由獲得枠で巨人に入団、自身の手でエースに登り詰めた経緯があるからだ。

ADVERTISEMENT

 毎年秋に行われるドラフト会議で指名されなければ、アマチュア選手はNPB球団に入団できない。しかも選択権は球団のみにあり、選手は所属先を選ぶことができない。そこには野球界独特の事情があるとはいえ、一般社会の常識で考えるとあまりにも理不尽だ。加えて言えば、毎年の契約を終えても、更新できる権利は球団のみが有している。

 そうした保留制度の是非は本稿ではさておき、選手たちが自由に所属球団を決める権利を求めて1993年に導入されたのが、フリーエージェント制度だ。現在まで大きな改正がないまま続くFA制度は、あまりにも欠陥が多い。例えばFA権を取得した選手の約9割が、「行使せずに残留」という選択をしていることは何よりの証左と言えるだろう。

「Free Agent」=「自由に所属球団を選択できる権利」にもかかわらず、なぜ、選手が「宣言」するという“踏み絵”を踏まされるのだろうか。私は日本独自の仕組みを疑問に思い、FA制度が成立するまでの経緯を『プロ野球 FA宣言の闇』という書籍にまとめた。

プロ野球 FA宣言の闇

中島 大輔

亜紀書房

2020年9月16日 発売

 当時の球界関係者に取材してわかったのは、極端に球団に有利な条件で制度設計されたことと、検討不十分なまま導入されたことだった。簡潔に言えば、選手たちがFA権を行使しにくいように設計されたのだ。

 当時、日本プロ野球選手会の事務局長を務めていた大竹憲治さんによると、人的補償の是非について選手会で議論されたことはなかったという。

 一方、パ・リーグはFA移籍の補償としてドラフト指名権の譲渡を提案したが、セ・リーグの反対で見送られた。その裏にあったのが、FA制度とちょうど同じ1993年に導入されたドラフトの逆指名制度だ。

 そうしてつくられたFA制度で、「人的補償」は最も悪しき仕組みと言える。現在までの27年間、FAで新天地を求めるスター選手がいる裏で、多くの選手が“代償”になってきた。大袈裟に言えば人権に反する制度であり、巨人の原辰徳監督も異議を唱えている。

内海が西武に残した爪痕

 人的補償で西武に加入した内海は2019年、左前腕の故障などでプロ入り初の1軍登板なしに終わった。当時37歳、16年目のシーズンを終え、翌年への決意をこう明かしている。

「1試合も投げてなくて、この年齢でどうこう言える立場じゃない。でも、今のままではライオンズ・ファンに申し訳ない。願うことならば、ライオンズで活躍したい」(2019年9月28日、「スポーツ報知」電子版より)

 移籍初年度に活躍できなかった責任を感じ、FA権を行使せずに残留した。そして今季、内海は故障からの復活を果たし、4試合に先発している(9月28日時点)。

 西武でのデビュー戦となった8月22日のオリックス戦、743日ぶりの勝利投手となった9月2日のロッテ戦は見応えのある投球だった。速球、変化球ともに全盛期のようなキレこそないが、打者に威風堂々と立ち向かっていく。攻めるピッチングは、内海の真骨頂だった。しかし続く2試合は結果が出ず、2軍落ちとなった。

743日ぶりの勝利投手となった内海哲也

 今季は残り30試合強。2位ロッテを追いかける西武の台所事情は苦しく、再び内海に先発の出番が回ってくる可能性は十分にある。

 その結果は予想できない一方、一つだけ、確実に言えることがある。西武にやってきた内海は、確かな爪痕を残したということだ。球界を代表する左腕の投球から、西武の後輩や、球団の枠を越えたファンが多くを感じとったはずだ。

 今季までの17年間で通算134勝を重ねてきた左腕が、西武で挙げたのはわずか1勝。本人からすれば、とても「活躍」したとは言えないだろう。客観的に考えても、西武で結果を残すことなく、古巣に戻るという決断はしにくいと思われる。

 ただし、FAは選手自身の権利だ。西武で活躍できていない責任を背負う姿勢には一流選手の誇りを感じさせるが、そもそも西武にやってきたのは内海自身の意思ではない。人的補償という制度こそ、諸悪の根源だ。

 果たして39歳で迎える来季へ、内海はどんな決断を下すのか。西武に残留するにせよ、巨人に戻るにせよ、願わくはFAを宣言し、自分本位で決めてほしい。

◆ ◆ ◆

※「文春野球コラム ペナントレース2020」実施中。コラムがおもしろいと思ったらオリジナルサイト http://bunshun.jp/articles/39946 でHITボタンを押してください。

HIT!

この記事を応援したい方は上のボールをクリック。詳細はこちらから。