稲葉篤紀選手が札幌ドームのお立ち台で泣いた時。これほどのベテランがこんなにまで感極まるのかと驚き、もらい泣きした。

 宮西尚生投手がマウンドから降りて札幌ドームのベンチで泣いた時。百戦錬磨を地で行くような人がこんなにも張り詰めるものかと、もらい泣きした。

 今年9月、平沼翔太選手が試合の後に誰もいないベンチでずっと一人泣いていた時。悔しさを隠そうとしないその姿に私はもらい泣きすることはなかった。むしろ、この選手はまた太くなったと、その瞬間をファンとして自分の中に刻めたことを嬉しく感じた。

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 9月16日の札幌ドーム・ホークス17回戦、あの日は水曜日。週末から「この試合に負ければ自力優勝消滅」という札を目の前にぶら下げられていたファイターズ。邪魔だ、邪魔だと払いのけながら連勝で凌いできていた。だから毎日がその札との闘いだったけれど、チームの調子が上向きでそれを少し忘れかけていた。

 この日も2点リードで6回の守備を迎える。1アウト1塁で先発の杉浦投手はうまく柳田選手にセカンドゴロを打たせた、当然ここはダブルプレーを見込む。

 落とし穴があった。渡邉選手からのトスをセカンドカバーに入っていたショート・平沼選手は捕球出来なかった。私にはそのトスはちょっと低めに見えた、難しいプレーだなと思ったけれど、ミスはミス。エラーの記録は平沼選手に付いた。

 チームはここから試合の流れを失い、7回にひっくり返され、ファイターズは負けた。「自力優勝消滅」の札がペタッとおでこに貼られた気がした。

平沼翔太

なぜ誰もいないベンチで一人泣いていたのか

 私は北海道のHBCラジオで、ファイターズの試合の前後の番組を担当している。ゲームセット後には現場の放送席とスタジオを繋いで、その日の試合について会話をする。あの日も同じ流れで敗戦について話している時、解説の岩本勉さんが言った。

「なんや、平沼がまだベンチにおるな。泣いてるんと違う?」

 私がいるスタジオのモニターにも札幌ドームのその様子が映っていた、試合が終わってもカメラはまだ仕事を続けていてベンチに残る平沼選手の姿をとらえていたのだ。頭にすっぽりとかぶった赤いタオルは小刻みに震えている。涙の理由はあのエラーで間違いない。

 ややしばらくして金子誠コーチが戻ってきてベンチに座りうつむく平沼選手に立ったまま声をかける。カメラは声までは拾わないから私たちには何を話しているのかはわからない。だけど、金子コーチが去った後、もっと目は赤くなっていったから、その言葉は平沼選手の心に深く深く刺さったのだと思う。