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牛痘の接種で天然痘を予防

 1796年5月14日、ついにジェンナーは、彼の家の使用人の息子である8歳の少年に牛痘のウミを接種しました。少年は若干の発熱と不快感を訴えましたが深刻な症状は出ませんでした。それから6週間後、ジェンナーは少年に天然痘のウミを接種しました。するとどうでしょう、ジェンナーの予想どおり、この少年は天然痘を発症しなかったのです。この天然痘予防接種を皮切りに、19世紀末には狂犬病・腸チフス・コレラ・ペストへの予防接種が始まりました。予防接種によって私たちの体は、新しい病原体への備えを身につけることができるようになったのです。牛痘ウイルスと天然痘ウイルスのDNA塩基配列は非常によく似ているので、両者の形や性質もよく似ています。一度牛痘ウイルスを覚えた私たちの体は、以降このウイルスおよびこれに極めて類似した天然痘ウイルスの侵入を知ったならば即座にこれに立ち向かい、撃退することができるようになったというわけです。

天然痘のワクチンが備蓄されている

 ジェンナーの開発した天然痘予防接種はまたたく間に欧米各国に広がり、日本にも1810年にロシア経由で中川五郎治により伝えられたのですが、中川は種痘法を秘術としてほかに伝えなかったために、知る者は少数にとどまり、普及しませんでした。

 日本で本格的に天然痘予防接種が普及したのは、1849年のことです。ワクチンというのは無毒化あるいは弱毒化された病原菌のことですが、これを接種することによって、体内にその病原体に対する抗体がつくられるので、感染症に対する免疫を獲得することができます。

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 さらに江戸時代末期には、全国で天然痘ワクチンの接種、つまり種痘が行なわれるようになりました。

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 天然痘は人以外の動物には感染せず、種痘で完全に予防ができたので、WHOが中心となった天然痘撲滅プロジェクトにより、1977年以降、世界のいずれの国においても発症者が出ませんでした。

 そこで1980年5月8日、WHOは天然痘世界根絶宣言を発するに至りました。WHOの総会で「天然痘の地球上からの根絶」が提案されたのは1958年のことなので、目的達成まで22年の歳月が費やされたことになります。

 2020年現在、天然痘は人の感染症の中で人類が根絶した唯一の病気です。

 地球上から根絶したとはいえ、かつてはこれによって全滅した部族もあるほど恐ろしいのが天然痘です。ですからバイオテロに備えて、日本では天然痘ワクチンが国家備蓄されています。

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